南仏アヴィニョンといえば、教皇庁や旧い町並みの荘厳なイメージですよね。でも、毎年、一気に活気付くフェスティバル月間があることでも知られています。
月間? ……ええ、7月は毎年、ひと月丸々、演劇(とエンターテイメント)のフェスティバルが開催されていて、ホテルや宿泊施設の価格もハイシーズン料金に跳ね上がります。
フランス国内だけでなく、世界中から参加するという意味では、カンヌの映画祭を連想しますけど、まったく別の空気。
肌感覚で言うなら「大人の学園祭」。2018年、今年で72回目のイベントをレポートします。
旧市街に一歩足を踏み入れたら、そこが会場です
会場は、旧市街全体。
SNCF鉄道のアヴィニョン駅を出て、すぐ正面に広がる要塞壁の向こう側が、そっくりそのままフェスティバル会場になるのが特徴です。
劇場自体の数は限られていますが、店やテラスや庭、広場や通りが、全て舞台として使われているんです。
では、入りますよ!
いつもは静かな並木の大通りも、一般車両は通行禁止。
何しろとてつもない数の演し物と参加者なので、道行く人でごった返していて、そこここで演技や演奏が見られます。
告知PRの練り歩きやビラ配りも絶え間なく続くので、ちょっと興味惹かれるものに出会うたび立ち止まっていたら、普段なら5分でたどりつく市庁舎広場まででも30分ぐらいかかってしまうほど。
そして、その道すがらの芝居小屋として使われている場所の前の舗道にあるカフェやバーでは、開演時間のずいぶん前からご覧の通り、長蛇の列!なんです。
どこで観る? 何を観る?
とにかく連日各所で、演劇、パントマイム、楽器演奏、歌い語りなどなど、いろんなジャンルのエンターテインメントが振り広げられているので、通りや建物のあらゆるところが告知ポスターで埋め尽くされています。
有料・無料、さまざま。
ずいぶん前に予約でいっぱいの大きな演し物もあれば、無名の小さな日替わりの企画も。
例えるなら、NYのブロードウェイとオフ、オフオフ・ブロードウェイが混在しながら、旧市街いっぱいに広がっているような印象です。
直前にPRに表に飛び出してきているスタッフもそこここにいるので、行き当たりばったりに決めるのも楽しいんです。
ブロードウェイとオフ、オフオフ……と表現したのは、このイヴェントの公式運営団体が2つ併在しながらも潤滑に運営されているから。
ひとつ目はFestival d’Avignon もうひとつは、Festival d’OFF Avignon。
雰囲気、出てますよね。
さて、夏のアヴィニョンは、とても暑いことで知られている通り、この日も午後5時でも34℃。
でも、誰も辛そうな顔をしていないのが特徴のひとつ。文字通り、お祭り!なんですね。
こんな風に、木陰のカフェ前が舞台になっていたり……。
犬の散歩途中の人が、噴水の水際の日陰でひと休みしながら眺める姿も。
薄くて風通しのいい服もあちこちで売られていて、私もワンピースを1枚買いました。コットン100パーセントで約3,000円。
日本の夏祭りや花火大会での浴衣の習慣もそうですけど、暑い時に涼を求める方法として着るものの工夫をしたり、昔ながらの素朴な視点になるのもいいですよね。
演者と観客のコミュニケーションの距離感にも工夫あり
こちらは、ある教育施設の中庭を使った舞台。
平日に、日替わりで違う内容の演目が繰り広げられていたもので、どれもエコロジーがテーマの原作を脚本にして舞台化しているものでした。席数は50席ほど(ベンチ式なので)と限られていたので予約制。
公的施設内に入ることになるので、受付で名前を言って身分証明書で確認して、チケットを受けとります。
ステージ終了後には、アペロ(ワインやソフトドリンク、チーズやクラッカーなどでの簡単な歓談会)が準備されていて、こちらも予約制で。
こんな風に、演者と観客、そして、スタッフが直接会話して、感想を述べたり質問をしたり……どんなにテクノロジーが進んで便利になっても、直接のコミュニケーションの大切さは変らない気がします。
この時点で、午後7時過ぎ。
でも、まだまだ陽は高くて、大きな木の下に細長いテーブルを設えて、木陰でほーっとひと息!
そして、おしゃべりに花を咲かすのは南仏典型スタイルのひとつ。
どこかで、何かで、見かけたことありませんか?
『みんなの食堂』と愛される店へ
縁あって、「『世界1のパスタを作るシェフ』の店で、打ち上げをするけどご一緒にどうですか?」とこの芝居をしていたカンパニー(劇団)から声をかけていただきました。
この演劇祭参加のために10年のあいだ、毎年7月にアヴィニョンに来ていると言います。
役者もスタッフもひと月アヴィニョンに滞在して、中には、大人数で一緒にアパートを借りて過ごす、
通称L’Auberge Espagnole(直訳するならスペインの下宿スタイル。有名なフランスのヒット映画『スパニッシュ・アパートメント』が元になっている表現です)している人も目立ちます。
家具つき物件を大勢でシェアして、調理も共同でして安上がりにと節約する一方で、夜は街の評判の店で語り合う。まるで、ヴァカンスしながら働いているような印象を持っていたんですが、そんな気楽な世界ではありませんでした。
連日の熱波の中で、心身ともにいい状態を保つのは、なかなかの努力と集中力が要るようです。
毎年来るうちに、出会って馴染みになった店での時間は、なんともリラックスできるそうで、このイタリア人シェフのビストロも、彼らのCantineカンティーン(直訳すると、社食・学食ですが、行きつけの店をこう呼びます)のひとつ。
人気の店なので、一晩に2回転。急には予約が取れないぐらい、7月はびっしり立て込んでいます。大きなテーブルも、通りの反対側に特設。
2回転目の予約は午後8時半から。まだまだ陽は沈みません。
とりあえずは、三々五々集まってくるのを待つ間、シェフも表でひと休み。
顔なじみの劇団員の人たちとビズ(両頬にキス)を繰り返す中で紹介されて、「世界1のバスタを作るシェフさん、こんにちは!」と挨拶をしたら、ちょっとはにかんだ顔をしながらも満面の笑顔で、こう答えます。
「いや、僕は世界1なんかではないですよ。でも、ものすごく美味しいパスタを作るひとりだけど。」
イタリア訛りのその言葉通り、飛び切り美味しいピザとパスタでした。
大鍋というのか深いフライパンというのか、そのままで運ばれて来るのは、なんだか芝居の小道具みたいに思えるほど現実離れして見えるんですけど、手馴れた様子で取り分けてくれます。
誰かのお皿が空になりそうになると、誰かが声をかけて、お皿が周っていく……。
個人主義でマイペースと言われているフランス人たちの、(共に芝居を作り上げている人たちならではの気配りというのか、阿吽の呼吸というのか)チームプレーの素晴らしさを見せられている気がしました。
ロゼワインのピッチャーは、すぐに空になり、どんどん運ばれてきて、午後10時頃暗くなってきたからそろそろお開きかと思いきや、賑わいはトーンダウンすることなくまだまだ続きます。
結局お開きになったのは深夜零時を過ぎる頃。
深夜1時の教皇庁も人々も、まだまだ眠りません
さて、写真では少しわかりづらいかもしれませんが、深夜1時過ぎの教皇庁へと続く道や広場はこんな感じ。
まだまだ人の往来が絶えません。というより溢れています。
正面入り口階段もびっしり。それもそのはず、その下ではパフォーマンスが続いていて、ライトに照らされているのでよく見えます。
裏手の小さな一角でもパントマイムが、少し離れた通りではギター演奏が、、、
老若男女、ベビーカーの姿も。
パリからTGVで2時間。日帰りも十分出来るけど、7月はぜひ、泊りがけをとお薦めしたい理由はこの空気。伝われば、幸いです。