隈研吾氏が設計したマルセイユ「FRAC美術館」の斬新さと、フランス人が感嘆した日本語スピーチとは。
フランス

前回の記事では、近代建築家の三大巨匠の1人であるル・コルビュジェの代表作、マルセイユのユニテ・アビタシオンについてご紹介しました。

そんなコルビュジェのユニテ・アビタシオンに足を運んだ想い出を持つ建築家の1人が隈研吾氏。人生で初めて訪れたフランスはパリではなく、マルセイユだったそう。それも、船!で。

「35年前のことです。コルビュジェに泊まって、生牡蛎を食べ……」というそのエピソードも織り込まれた素敵なスピーチを聞けたのは2013年のFRAC美術館の落成式でのことで、そこここからため息まじりの”Destin!(運命で決まってたこと)”という小さなつぶやきと歓声が上がりました。

そう、そのマルセイユのランドマークのコルビュジェに感嘆した青年が、幾年もの時を経て世に生み出したのが、新しくマルセイユのランドマークに加わった近代建築のひとつとして愛されるFRAC美術館。

しかも、特筆すべきなことは、隈研吾氏の打ち出した設計コンセプトが、コルビュジェのそれとは全く正反対とも言えるものだったこと。

今回は、多くの建築家やアーティストたちを魅了し、海外からも訪れるその現代美術アートセンター-FRAC美術館-について、オープニングレセプションでのこと、コンセプトの斬新さと細やかさ、そして、とても感銘を受けたそのスピーチのこと、そして、最新の様子をお伝えしますね。

『美術館の壁を取りはらう』-から始まった斬新な設計


まずは、外観の写真から。不思議ですよね。無数のパネル板で飾られたような外壁。

素材も大きさも角度も、緻密に計算されたもので、夏の強い日差しが飛び込んでくることもないだけでなく、冬時間のうす曇や雨の日でも、外の光が中に届くので、暗いじめじめした感じにならないんです。中央部分、少し空間の空いているスペースは、(日本でいう)3階のテラススペース。

オープニングの時もそうでしたが、今でも特別展などのInaugurationプレミア・レセプションの時などに、カクテルラウンジとしてや、ちょっと休憩できるソファースペースとして使われています。これは最新の特別展Vers le but(3月4日から6月4日まで)のプレミアの夜、3月3日のもの。

カクテルやブッフェは、階下のデッキテラス部分だけで用意されており、ここはちょっとひと休みと通りの夜景を眺めるスペースに。正面に連なる山型の倉庫風の建物は、昔は倉庫だった中を改築して店舗やオフィスになっているもの。その裏側の大通りを隔てて向こう側は、港湾地区になっていて、大型船・客船などの停泊場が続きます。

冒頭に書いた、隈研吾氏のスピーチの「最初に降り立ったフランスはマルセイユ」「船で」の部分で、人々がさざめいたのは、こんな舞台設定もあってよりリアルに感じられたせいもあるかも。私も、実は、思わず声を上げていました。話を、そのFRACのオープニングのセレモニーに戻しますね。

「日本語だからこそ伝わるパーソナリティーがある」と学んだ夜


東京だけでなくパリにも拠点を構える隈研吾氏。世界の様々な国で活躍中の同氏のスピーチは、はっきりと明快な日本語で始められました。「最初に、日本語で話すことをお許しください。私にとっては、よりシンプルな方法なので……」

ゆったりと、威風堂々としたその語り口に、周りのフランス人たちが感嘆する様子は、日本にぜひTV中継して欲しかったと今でも残念です。その国の言葉や世界の共通語で話すことの大切さはわかっていたつもりですが、母国語で話すことの素晴らしいプレゼンテーション効果を、改めて肌で感じさせられました。

傍らの通訳はフランス人女性。あ・うんの呼吸と言ったらいいのか、節目節目で訳すそのテンポも語り口も、とても見事なハーモニー。皆、聞き入って、感嘆して、さざめいて……通りいっぺんの挨拶ではなく、いくつものエピソードが盛り込まれていて、立体感溢れていて皆引き込まれていきました。

建物脇の通りが封鎖されて、セレモニー会場として設えられていたスペースは、招待客でぎっしり。空に響くほど通る声で語られたコンセプトは、美術館は作品を守るために囲まれたスペースという概念を取り払ったもの。

陽ざしが強すぎるからと、それをどう防ぐかが課題のひとつな南仏の建造物たち。避ける工夫で生まれた小さな窓やシェード、雨戸などが当たり前の南仏で、この美術館は、隈氏の”壁を取り払うという視点”から考えられたものだったんです。

地中海の魅力とその活かし方を誰より知り尽くす建築家ならではの視点

フランス人たちを感嘆させたのは、地中海の恵みを活かした設計。ここで暮らす人たちよりも、南仏の魅力や素晴らしさを知っていたとも讃えられた隈研吾氏の着眼点は、外から遮断されない美術館でした。

強すぎる南仏の陽射しやミストラル(強い北西風)を避けるために、要塞のような建物を作って保護するのではなくて、陽射しを和らげて取り入れられる特殊素材を使って、柔らかな光を取り入れる外壁。パネル型のこの特殊素材は、しなやかに風を受け止めてくれるので、分厚い壁で覆う必要もなくなります。

ベル・エポックの多くの画家たちが目指した南仏の光、その魅力と素晴らしさが最大限に活かされた、この現代美術センター。制約は陽射しや強風だけではありませんでした。

建設用地として準備されていた土地は、細長い逆二等辺三角形。そう広くない通りを挟んで反対側には公立小学校が、その他の2辺には古いアパルトマンが何棟もびっしり隣接しています。


でも、通り側はパネルがレースのカーテンみたいな効果をしていて、反対側の建物隣接面は、(日本でいう)2階部分に広いデッキスペースを、そして、展示スペースの壁面は大きなガラス張り。

だから一見、(よくあるフレンチスタイルの)数棟で取り囲まれた中庭みたいになって、隣接するアパルトマンの数々の窓やベランダが、見えて当たり前のように感じられて、気にならなくなるんです。



階下とは一部分だけ吹き抜けになっていたり、階段はスチール使いで見通しのいい状態。そう広くもない空間なのはずなのに、圧迫感がありません。


端っこのスペースは、上映できる小さなスペースや展示室などが設えられていて、ムダが全く無いのも特長です。

これが、小学校に面している通りの窓。こんなに大きくとられた窓枠なのに、ガラスのこちら側から向かいの敷地内の様子は見えません。そして、あちら側からもそう。

乳白色の特殊素材のパネルは、下から見上げた(最初の)写真で見えたほどには、大きく覆い尽くしてもいないので圧迫感もないでしょう?

さて、こちらが館長のM.Pascal NEVEUX パスカル・ヌヴー氏。これは、最新の(6月4日まで開催中)特別展のプレミア・レセプション(3月3日)での1枚。いい笑顔でしょう?

偉い人というとしかめ面のイメージ強いですけど、フランスで要職についている人たちは、皆、忙しくても、いつも素敵な笑顔。仕事に誇りと愛情溢れているのを感じさせられますよね。

いろいろなフランスが語られる中で、休みも返上で様々な取り組みに邁進するビジネスマンたちの、疲れを見せないで、達成感に輝く表情。広く知ってもらいたいシーンのひとつ、まだまだ語られていないフランスの一面です。

ちらりと近況の挨拶を交わして、続いた言葉は、「そういえば、もうすぐ日本は桜の季節ですよね。一度行きたいと毎年思っているんですよ」細やかでしょう?

FRACを訪れるたび、いろいろな面で、とてもシアワセな気持ちになります。

FRAC美術館
20 Boulevard de Dunkerque, 13002 Marseille, フランス
公式HPはこちら

この記事を書いた人

ボッティ喜美子

ボッティ喜美子仏日通訳翻訳・ジャーナリスト

フランス在住。東京で長らく広告・PR業に携わり、1998年に渡仏。パリとニースで暮らした後、2000年からパリジャンの夫の転勤で南米ブエノスアイレスへ3年、出産も現地で。パリに戻り、地中海の街マルセイユへ転勤して13年。南仏拠点で時々パリの実家へ、家庭優先で仕事しています。Framatech社主催の仏ビジネスマン対象のセミナー『日本人と仕事をするには?』講師は10年目(年2回)。英語・スペイン語も少々。

    チャンネル

    チャンネルをもっと見る