暴走トラックのテロから半年。フランス・ニースの今と、あの時の記憶。
フランス

ニースの近況

ニースは地中海の真っ青なビーチが美しい、海沿いの観光都市。しかし、2016年7月の革命記念日、テロがあったのもここニース。今回はそんなフランスのリゾート・ニースの魅力と現在の状況を併せてお伝えします。

Baie des anges(天使湾)と Promenade des Anglais(プロムナード・デ・ザングレ)

ニースの近況
ニースといえば、この弓なりの海岸線! ですよね。よく見かけるこのアングルの写真は、Vieux Nice(旧市街)とPort(港)の間に位置する高台に今も残るChâteau(シャトー。といっても城址だけですが)にある展望台からの眺めです。徒歩でも、どちら側からでも15分から20分ほど。でも、ゆったり名所を眺めながら気楽に座って、というならプティ・トランと呼ばれる機関車型の電気自動車も楽しいし、とにかく時短をめざすならエレベーターもあります。

Baie des anges(天使湾)

Baie des anges(天使湾)と呼ばれる由来は、その昔、漁師達がつけたとも、聖人のなきがらの周りに天使達が舞い降りて天に運んで行った伝説があるからとも言われていて、どちらの説でも自分の好きなほうを信じればいいじゃない-というのが、いかにもフランス的なところ。

Promenade des Anglais(プロムナード・デ・ザングレ)

そして、浜に沿って続く大通りの名は、Promenade des Anglais(プロムナード・デ・ザングレ)。こちらは英国人の散歩道という意味で、シルクハットの紳士やバルーン型に広がるドレス姿の貴婦人たちが、まだパームツリーが点在する程度だったこの道を心地よさそうに往来している様子が絵画などでも描かれている作品がずいぶんあるので、印象にある方もいるかも。そんな、ニースの街が作られてきた時代から愛されてきた海沿いの道です。

世界中からのお金持ちとバックパッカー、どちらも楽しめる街

昔から、世界中で、リタイア後に暮らしたい街の人気上位として知られてきたこの街ですが、大きな大学施設が西の方の丘の上にあることもあって、若い姿も目立ちます。市街から空港まで近いので、国内外からのアクセスもいいのと、ここ数年ではロー・コストなエアラインが一気に参入してきたお陰で、バックパッカーたちにも人気なニース。金曜の夕方から土曜の午前中の空は、ひっきりなしに飛行機が、流れるように目の前の地中海の上を通り過ぎていきます。(空港が近いですからね。低空飛行になっているんです)

ニースの近況
浜辺はPlages Privées(プライヴェートビーチ)と公的スペースが混在しているので、すぐ隣でほぼ同じ眺めの地中海に向き合っていても、雰囲気が全く違ってくる面白さがあります。……といっても、冬の現在は閉鎖中。4月から9月にご滞在予定なら、ぜひ。
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昔から変わらないランドマーク、ネグレスコホテル

ニースの近況
さて、嫣然と聳え立つネグレスコホテル。5つ星の最高級ホテルですが、日によっては3つ星ホテルとほぼ同じくらいの価格で泊まれることもあります。こうした仕組みは、iD TGVと同じですね。たとえ、宿泊しなくても、レストランやバー、カフェだけの利用も出来ます。オリジナルのカクテルや、お菓子類は、ここでしか味わえないもの。そして、サービスの素晴らしい心地よさは、ぜひ一度試していただきたいです。ガラス扉の前に近づく瞬間からのゲストへの気配りは、”本物”だけが持つ程よい距離感と丁寧さ。そして、一歩足を踏み入れた先に待っている調度品のひとつひとつは、美術館のようです。

ニースを感じるには、とてもいい空間。旧市街や港とはまた別の、昔ながらの世界を想像させてくれる香りを持っています。

迷子になったら、とりあえず……

話は変わりますが、ニースにも15年ほど前に1年半住んでいたことがあって、今でも暮らしている旧い友達たちと会うときに、ネグレスコホテルはとても便利な目印になります。たとえば、海岸線で渋滞に巻き込まれていて「今どこ?」という時や、浜辺にいるんだけどというときに、よく「ネグレスコのどちら側で何メートルぐらい」という表現を重宝しています。ナビになるものを何も持っていないときに迷子になったら、とりあえず浜辺を目指せば、現在地を確認するのにとても便利な存在になるはず。遠目にも、とても目立ちますから。
ちなみに、地中海を背に、ネグレスコ・ホテルに向かって左が空港のある方で、バスも通っています。右側通行なのでご留意を。まっすぐはニース駅方面で、徒歩だと30分ぐらい。そして、向かって右に進んでいくとマクドナルドがある角があって、その正面に、Jardin Albert 1er(アルベール1世公園)が広がっています。

テロの爪あと

……そして、7月14日の革命記念日(日本での通称はパリ祭)の夜に、暴走するトラックによるテロがあったのも、この通り。Promenade des Anglais(プロムナード・デ・ザングレ)を、西ニースから蛇行しながら疾走したといいます。警察官たちが、タイヤをパンクさせて止めることが出来たのは約1.7km先。この写真の中央、Hyatt Regency Nice Palais de la Méditerranéeホテル近く、ちょうどネグレスコ・ホテルとマクドナルドの間ぐらいの辺りです。
ニースの近況
献花やメッセージが積まれているガゼボがあるのが、このアルベール1世公園の一角。
ニースの近況
ニースの近況
あの日私は東京にいたんですが、朝、テレビのニュース速報で知って驚いていたら、女友達のひとりが子連れでその花火大会に行っていたので、フェイスブックで現況を知らせてきました。彼女たちは、この公園の角(写真下)のあたりにいて、「トラックがその数十メートル手前で止められたのが見えた。テロらしい」と一報が。
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続いて数分後に、「急いでとにかく海岸沿いに別方向へ走って、通り沿いのヴェトナム料理店に飛び込んで身を潜めたところだけど怖い」と続きました。
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とても奇妙な感覚だったのは、その彼女は、そこで何が起きているのか情報がないままで、それを知らせられるのは、東京でテレビ画面の前にいる私だったこと。その傍らの窓の外では普通の朝の賑わいが続いていたこと。そして私は、彼女が今どこにいるのか手に取るようにわかること。そう、ちょうどこの写真の通りを挟んで反対側にはいろんな飲食店が連なっていて、私も時々、マルシェで週末に野菜を買う帰り道、生春巻きを買いに寄っていた店。

そうこうするうちに、今度は私の携帯がピンッと鳴り……フランス内務省の危険情報アプリSAIPが、「ニースのどこで何が起きているのか、その場にいるならどうするべきか」を知らせてきてくれたものでした。

居場所をGPSで掴んで知らせてくれるアプリなんですが、フランスを離れて圏外になっているせいか、立ち寄る・いるべき可能性のある場所としてニースも登録してあったからでした。だから、そのままの画像をその友達に送り、とにかく彼女もそのアプリを入れることを勧めました。まだ、配信開始になってからひと月も経っていないものでしたから……。

そこから、ものの2分もかからない場所に住む彼女達でしたが、家にたどり着いたのは30分ほどしてから。外出禁止の通達が周る中、表からは、発砲音が聞こえたといいます。そう思えるだけかもとも言いながら、翌日も買い物にも出られなかったけれど、翌々日には家族で港に散歩に出かけて、笑顔の写真を次々と送って来ました。こうして文章にすると、ただただ強いフランス人達のようにに映るでしょうが、そこで日常を取り戻さないと、そのままどこまでも暗い方に落ちていくのを誰もが1番恐れていました。

……久しぶりに、駆け足ながらニースの写真を撮る機会を得たので、近況写真をお届けするのと一緒に、お伝えしたいと思いました。

来年2月には恒例のカーニヴァル!

ニースの近況
さて、その公園の向こう側、ギャラリー・ラファイエットデパートもあるPlace Masséna(マッセナ広場)は、トラムも行き交う活気ある場所で、駅へもまっすぐ。例年、ミモザの咲き誇る季節に開催される2週間のカーニヴァルの時期には、ホテルも短期貸しアパートも満室。通りは、連日、人で溢れます。
夏とは、また全く違う楽しみ方がいろいろ。一見の価値がありますよ。

Niçois et Niçoise ニーソワ と ニーソワーズ

フランス語で厄介なのは、単数・複数の他に、男性名詞・女性名詞があったり、主語が男性か女性かによって綴りが違ってくること。……サラダは女性名詞なのでサラダ・ニーソワーズ。

そして、パリジャン・パリジェンヌのように、ニーソワ・ニーソワーズが存在します。生まれだけとか育ちだけとは、あまり気にしないで、今暮らしているからとそういう人も。

私は、今の夫と知り合ったときにはニースで暮らしていたので、彼の周りからは「ニーソワーズ?」と訊かれたりしたんですが、「いえ、私はTokyoïte東京っ子よ」・・・と。 今では、「マルセイエーズよ」と茶化して答えることもあります。アイデンティティって不思議ですね。でも、日本とフランスでは、国際結婚しても二重国籍は認められていないので、多くの人がそのようですが、私も日本を選んでいます。

移民問題で揺れるフランスで、「Je suis "toujours" Japonaise」(私は日本人のままよ)と言うのは、ささやかだけど大きな誇り。恒久更新ヴィザを持っているし、"普段の生活圏の中に限っては" 差別を受けることは全くありません。

この記事を書いた人

ボッティ喜美子

ボッティ喜美子仏日通訳翻訳・ジャーナリスト

フランス在住。東京で長らく広告・PR業に携わり、1998年に渡仏。パリとニースで暮らした後、2000年からパリジャンの夫の転勤で南米ブエノスアイレスへ3年、出産も現地で。パリに戻り、地中海の街マルセイユへ転勤して13年。南仏拠点で時々パリの実家へ、家庭優先で仕事しています。Framatech社主催の仏ビジネスマン対象のセミナー『日本人と仕事をするには?』講師は10年目(年2回)。英語・スペイン語も少々。

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