TRIP’S(トリップス)を運営する、Orange株式会社の甲斐考太郎です。いつもTRIP’Sをご愛読いただき、ありがとうございます。
読者の皆さんは旅好きがほとんどなのでお気づきかと思いますが、旅のスタイルは近年、勢いよく変わっています。UBER(ウーバー)、Airbnb、LCC、カーシェアなど、私たち旅行者にとっては便利になる一方です。
そんな中、観光業界で話題の『観光立国の正体』(新潮新書)を読みました。私はこの内容に心から共感し、ぼんやりと感じていた、これからの観光の輪郭が見えました。
この著者である山田桂一郎さんとの対話を通しても、評価される観光地のキーワードが「日常」であることに気がつきましたので、その内容をお伝えさせてください。
※「旅」「旅行」「観光」、それぞれの定義があるかと思いますが、ここではあえて区別をしておりません。
山田桂一郎さんインタビュー
Photograph: © Victor Cortez
山田さんはスイスのツェルマット観光局をはじめ、観光関連のお仕事で国内外世界中を飛び回っています。インタビューは、その拠点の1つであるスイスの話題から始まりました。
皆さんは、スイスにたいしてどんなイメージを持っていますか?
地元の人が地元のものを消費しているのが、1番説得力がある。
ーー私はスイスに行ったことがないのですが、祖父母が退職してスイス旅行から帰ってきて、絶賛していた記憶があります。
団塊の世代は、スイスで登山やスキーをしたがる方が多いです。それはなぜかと言うと、彼らの世代のアウトドアレジャーとは、登山やスキーくらいしか選択肢は無かったからです。
海外旅行には行きたくても行けない。夏のレジャーは「山歩き」、冬のレジャーは「スキー」しかありませんでした。だから、スイスには登山やスキーのイメージがあるんです。
ーーでは、20代〜30代のスイスの楽しみ方とはどんなものがあるのでしょうか?
1つは、アウトドアであるというのは間違ってないと思います。海はありませんが、湖があるのでセーリングなどができます。夏になれば、21時過ぎまで明るいです。山が高いので、パラグライダーも飛びやすい。
もう1つは、多言語多民族国家なので、学びにくる場所として良いです。ちょっとしたサマースクール等でも、いろんな国からいろんな人が集まっているのでおもしろいです。ちなみに、スイス国旗が「いい」と感じる理由ってなんだと思いますか?
ーー国がそういうプロモーションをやり続けたからでしょうか?
ターミナル駅で「スイスへようこそ! Visit Swiss!」っていうような広告、見たことありますか? マスメディアの広告はほとんどやっていません。
スイスのイメージは、全部「質の良さ」で売っているんです。そして自国民のスイス人が、1番スイス製を使っているんです。スイス人って、ほぼ毎月1kg以上、自国のチョコレートを食べるんです。自国民が1番消費しているのは、説得力あるでしょう。
なぜ日本製の車など、日本製が海外で売れているか? アジアからの訪日旅行者の方が、どうして日本製の電化製品を買って帰るか? それは、自国民である日本人が使っているからなんです。地元民が良いものを作って、地元民が支持しているからです。
ーー確かに、それは旅行者から見て説得力がありますね。
逆に、例えばダメなスキー場ほど、地元民がそこでスキーをしていません。白馬(注:長野県白馬村)は、たくさんの地元民がスキーをしています。ちゃんとスキークラブもあって、子どもたちがスキーして、白馬高校はスキーが強くて、まるでリアリティの塊です。それでW杯があるときちんと大会が開けて、大会運営もできるわけです。
「日常」がスイスの魅力。それは花のある景観で分かる。
ーー具体的に、旅行者はスイスのどういうところに感動するのでしょうか?
スイスに来る前は、みなさんアルプスの山々のイメージを持っていますが、来てみると「景観が良い」と言います。景観は、山々のような自然だけのことを言っていません。
景観には、住民の意識が表れます。例えば、スイスの一般住宅のテラスやレストランの店先には、ゼラニウムの花がわーっとたくさん咲いています。これは、人々がまちを良くしようという意識の表れです。
Photograph: © Michael Portmann
ーー花は分かりやすい象徴ですね。すぐにお金には直結しないし、手間もかかります。
家の前ももちろん当たり前のように掃除をします。そういった意識が法律になって、建物の高さ制限のような建築条例ができていきます。
そうすると、「山が綺麗」だけではなく、「景観」としてトータルで綺麗となります。支えているのは、住民の意識です。最終的には、アイデンティティの話になってきます。
ーー自分の住んでいるところに誇りを感じていらっしゃる住民の方々が多いという話でしょうか。
日本では、近江商人の「三方良し」という言葉がありますよね。これには順番があって、まず「客」→その次に「世の中」→最後に「自分」。スイスの場合は、「四方良し」で、1番はじめに「将来」です。
「いま売れるかも」「いまお客さんの満足度が高い」という状況だったとしても、「将来から見て、これいいの?」という判断をします。そういう活動をしているところって、来た人が気持ちいいですよね。
しかも「まちを良くしよう!」という努力が、実際に目に見えるわけです。頑張っているスポーツ選手を応援したくなるように、それは評価されます。逆に、どうでも良い観光の商売していると、評価されることはありません。
ーーそういったことが、著書の中で示されていた「異日常」に繋がっているということでしょうか?
異日常は、他とは違う世界を体験できるので、「憧れを持って行ってみたい」という気持ちに繋がります。
明確に価値がある観光地は強い
Photograph: © Michael Portmann
ーーいわゆる観光地で見られる、商売っ気のある媚びた笑顔がないかもしれないなと思いました。
スイスはこれまでずっと物価が高いんです。でも、旅行者は減りません。世界でテロや紛争が起きると、逆に安全を求めて旅行者が増えます。
日本でも、白馬は昔から韓国人のスキーヤーの聖地になっていて、日本での技能試験を受けることなどが憧れになっています。憧れると、為替に左右されて「旅行代金が高くなったから」というような話で行くことをやめたりしません。
もし皆さんが本当に稀少動物が好きで、どうしてもガラパゴス諸島に行きたいと思ったら、何年かけてもお金貯めてもいきますよね。旅行者は、そこに目的があれば行きます。
ーー確かに、目的が強ければ強いほど、物理的・金銭的なハードルをいとも簡単に超えていきますね。本日はお時間いただき、ありがとうございました。
住民の「日常」が、旅行者にとっての「非日常」
魅力的な観光地の1要素には、「日常を見ることができる」ということが含まれていることを学びました。よりリアルなものが求められるなか、またモノ消費からコト消費へシフトしていくなか、この示唆には納得感がありました。
旅好きな読者の方々の中には、「スーパーマーケットを見るのが好き」という方も少なくないのではないでしょうか。もちろん私もそうで、スーパーマーケットの他、お墓参りをするのも好きです。国内外問わず、現地の人たちがよく行く飲み屋も好きです。住民の「日常」が、旅行者にとっての「非日常」になるのですね。
TRIP’Sでは、こういった価値観のもと、これからも観光地を取材し続け、読者の皆さんにより良い旅行情報を提供して参ります。
取材して欲しい観光スポットなどありましたら、こちらまでご連絡くださいませ!