世界でも有数のパン大国であるドイツには、大小1,200もの種類のパンがあるといわれています。
「ドイツパン」といえば、茶色くずっしりとした滋味あふれるパンやハート型のプレッツェルを思い浮かべるかもしれませんが、ドイツにはまだまだユニークなパンがたくさんあるのです。
そのひとつが、ドイツの冬の風物詩で、これを見ると「冬がやってきたんだなぁ」と実感する「ヴェックマン」です。
ドイツの人型パン「ヴェックマン」
「ヴェックマン(Weckmann)」は、人の形をした菓子パンの一種。
小麦を使った白いパンを表す単語「ヴェッケン(Wecken)」と「人」や「男性」を意味する単語「Mann(マン)」が合体してできた「ヴェックマン」は、そのまま「人の形をしたパン」という意味。名前がそのものずばりを表しているのですね。
11月に入ると、ドイツ各地のベーカリーに期間限定でこのヴェックマンがお目見えします。昔はおもに聖マーティンの日(11月11日)から聖ニコラウスの日(12月6日)までの期間に販売されていましたが、今では11月10日ごろからクリスマスまでのあいだずっと販売されることが多くなっています。
町によっては、クリスマスマーケット会場でヴェックマンを見かけることも。愛嬌のある不揃いな形と「この時期しか食べられない」という特別感から、毎年ヴェックマンの登場を楽しみにしているドイツ人は少なくありません。
なぜ人型をしているの?
食べ物を人の形にするというのはなんとなく不気味だからか、あるいは縁起が悪いように感じられるからか、日本では人の形をした食べ物を目にする機会はほとんどありません。
では、なぜドイツでは人の形をしたパンが生まれたのでしょうか?
ヴェックマンは「男性の形をしたパン」あるいは「司教をかたどったパン」と説明されることもありますが、そもそもヴェックマンは「どこの誰」という決まった人物ではなく、名前も性別もわからないのです。
日が極端に短くなるなるヨーロッパの冬、この世の終わりの予感を感じていた昔の人々は、「無事新たな年を迎えられるように」と祈りを捧げました。
祈ることで、森の精が翌年の実りを約束してくれると考えたのです。この「森の精」が擬人化されたものがヴェックマンになったのではないかといわれています。このアニミズム的考え方は、森羅万象に神の存在を感じる日本の神道にも通じるものがありますね。
ところがキリスト教が広まると、こうした信仰は「土着の迷信」として排除されるようになります。そこで、もともと森の精だったものを、キリスト教の聖人である聖ニコラウスのお供などということにして妥協したことで、ヴェックマンは現在まで生きながらえているのです。
日本の「ロールパン」に似た味と食感
ドイツのパンといえば、ずっしりとした茶色いパンを想像する人が多いと思いますが、ヴェックマンはそうではありません。むしろ日本で親しまれている「ロールパン」に近く、柔らかくてふわっとした食感が特徴です。
ときどき表面が部分的にチョコレートなどでコーティングされているものも見かけますが、基本形はドライフルーツなどで目が表現されているだけのシンプルなもの。
パイプを持っているものも少なくないようですが、筆者が暮らす南西ドイツでは、パイプを持ったヴェックマンは見たことがありません。中にはなにも入っていないのが普通。古くから伝わるパンなので、いたってシンプルなのです。
とはいえ、ひとつひとつ形や表情が異なるヴェックマンからは、不思議な可愛らしさと温かみが感じられます。焼くあいだに目が取れてしまっているものも少なくありませんが、それもご愛嬌。
「この時期だけ」という特別感もあいまって、手にするとちょっとハッピーな気分になれるパンです。
ドイツ以外の国にも類似のパンが
ドイツとの国境に近い、フランスのアルザス地方にも、ドイツのヴェックマンにそっくりな人型パン「マナラ」があります。
マナラにはシンプルなプレーンのものだけではなく、チョコチップ入りのものやクリームが入ったものなどがあり、ドイツのヴェックマンよりもバリエーションが豊富な印象。
実は、ヴェックマンのような人型あるいは動物型のパンはヨーロッパ各地にあります。ヨーロッパを旅行するなら、ぜひ期間限定の人型パンに注目してみてください。