「千と千尋の神隠し」のストーリーのなかで、千尋が決意して海の中を走る海原電鉄で移動する幻想的なシーンが、女性に限らず心を鷲掴みされているのではないでしょうか? 「ハウルの動く城」のソフィーの住む街の中では、汽車がお堀のような場所を走るシーンが何度も描かれているのをお気付きでしょうか?
「千と千尋の神隠し」の海の中を走る鉄道と、「ハウルの動く城」のお堀の中を走る鉄道など、水との関係を想像させてくれます。マニアックな妄想を膨らませて、鉄道と水の関係の深い鉄道を探していました。
多摩川の水を通すために掘られた「羽村村山線導水路(送水管)」に、現在では廃線になっている線路が導水路に沿うようにして走っていた「羽村山口軽便鉄道」がありました。導水路は現在でも多摩湖や狭山湖に送水されていますが、密閉された導水路の上は遊歩道として利用されているために、水の流れを直接観ることはできません。
ジブリアニメに登場する蒸気機関車や電車のモデルとして注目する廃線跡と、水の流れに沿ってママチャリで巡る、マニアックな旅をご紹介します。
廃線になった「羽村山口軽便鉄道」とは
▲羽村取水堰の案内板
明治から大正にかけて、東京の爆発的な発展により水不足を回避するために、大規模な水道拡張事業が計画されました。簡単に言ってしまえば、東京の奥に位置する狭山丘陵の起伏を利用して、村山貯水池・山口貯水池が造ってしまうわけです。
▲遊歩道の案内板より
しかし狭山丘陵には貯水池に水を溜めるほどの川がなかったため、導水路というでっかい水道管を通して、多摩川の水を引き入れることにしました。
▲遊歩道の案内板より
導水路に沿って、水道管を埋める工事や貯水池を造るための砂利や材料運搬のための、トロッコ電車として羽村山口軽便鉄道が敷設されました。
※村山貯水池は現在の多摩湖、山口貯水池は現在の狭山湖。
「羽村山口軽便鉄道」を知るために羽村取水堰(せき)へ
「羽村山口軽便鉄道」を知るには、水の流れを知る必要があるので、羽村取水堰にやってきました。
▲玉川上水の開削した玉川兄弟像
多摩川の水を江戸へ引き入れるための、玉川上水の起点になる場所です。
羽村取水堰は、固定部分と可動部分で造られています。
ズームアップしてみるとわかりますが、可動部分は投渡堰(なげわたしぜき)と呼ばれるモノで、丸太や砂利など使った柵で造られています。大雨の洪水で、一定の圧力がかかったら流されるような仕組みで、水圧で水門が破壊されない構造になっているんですね。
羽村取水堰(せき)と一体になっている、玉川上水へ取水する第1水門のウラ側です。
造られた当時のままの石造りやレンガ造りは、古いモノマニアにとって味わい深いポイントになりますね。
水門近くには、身近な素材で造られた治水装置が展示されています。水の勢いを弱めて、堤防が壊れないようにする「牛枠(うしわく)」と呼ばれる、治水技術のひとつのようです。身近な生活の中にある材料を工夫して造られたものなんですね。
第2水門から勢いよく流れる玉川上水です。この水路の下流に、多摩湖や狭山湖へ繋がる水路のスタート地点があります。玉川上水の流れに沿って、水路脇の遊歩道を移動してみましょう。
東京都羽村市玉川
多摩湖や狭山湖へ繋がる水路の「羽村村山線導水路」とは
羽村堰に向かった際にも通りましたが、後ほど再び渡ることになる羽村橋です。歩道橋のある幹線道路は、奥多摩街道になります。
更に玉川上水に沿って進むと、羽村導水ポンプ所が観えてきます。対岸に観える小高い丘がわかるでしょうか? 導水路の上にある遊歩道のスタート地点があります。多摩湖や狭山湖へ繋がる水路の始まる場所を確かめたくなりました。
ちなみにGoogleマップを見ても、7km以上もある導水路の上の遊歩道の名称は表示されません。唯一、国土地理院地図には点線表示で「東京水道」という名称がつけられていますよ。
多摩湖や狭山湖へ繋がる水路は、密閉された地下に埋められた「導水路(導水管)」と呼ばれています。導水路の上にフタをするような状態で遊歩道があり、玉川上水から取り入れる導水路の水門があります。羽村導水ポンプ所のなかで、水が勢いよく流れ込んでいるポイントがありますが、玉川上水沿いの遊歩道から観るには灰色の大きなゲートが邪魔になって、その様子を観ることができません。先ほど通り過ぎた羽村橋まで戻り、奥多摩街道沿いから覗けるような感じです。
東京都羽村市玉川1丁目3番20号
千尋が母親から聞かされた話に疑問?ジブリマニアが注目した地下の導水路
奥多摩街道に迂回して、羽村導水ポンプ所の反対側まで移動してきました。奥多摩街道は、ダンプカーなどの大型車両が激しく行きかっているうえ、羽村導水ポンプ所側には歩道がないため、慎重に車道を横断して導水路の水門を覗くしかありません。
▲フェンスの隙間から覗いた第3水門(左)
多摩湖や狭山湖へ繋がる導水路の入口に、やっと出逢えました。
▲石造りの第3水門
「千と千尋の神隠し」のなかで、千尋が初めてハクと出会った時にハクが言っている言葉で、「千尋のことは昔から知っている」と言っていたことを覚えているでしょうか? 千尋は覚えていないようですが「幼かった千尋が川に靴を流してしまい溺れかけたことあり、その川はマンションになって埋められた」と、母親から聞かされたことがあったのです。錢婆の家からハクの背中にのせられて油屋へ戻る際、その川の名前は「コハク川」と呼ばれていたことを思い出すシーンがありましたね。マニアックな私は、千尋の母親の話に注目していて、この導水路が「コハク川」ではないか? と考えるようになり、導水路を確かめるためにママチャリで旅に出ました。
決して流れを観ることのできない!「コハク川」だと信じて……
羽村導水ポンプ所そばに建つ、マンション横から遊歩道のスタート地点になる、小高い丘の上を目指します。
逆光になってしまうので、振り返って小高い丘までの上り坂の様子です。導水路に沿って、「羽村山口軽便鉄道」が走っていたのですが、こんなに高低差がある場所では「インクライン」と呼ばれる装置で、導水路や貯水池を造るための砂利や材料が運ばれていたようです。詳しいことはわかりませんが、ベルトコンベアのようなものでしょうかね?
※参考:宮ヶ瀬ダムの「インクライン」
小高い丘の上は、何やら工事中のようで、広場と思われる全体像がはっきりしません。しかし、ココで思わぬ出会いがありました。今回詳しくご紹介できませんが、「もののけ姫」に出てくる「シシガミの森に棲むコダマ」と、同じ名前がつく「コダマ神社」という社があります。ジブリマニアとして、なにか因縁を感じるスポットを見つけることができました。
東京都羽村市川崎4丁目6
「コハク川」だと思い込んで進む導水路の遊歩道のはじまり
小高い丘からの路は……
多摩川河川敷から、住宅街の中にまっすぐ延びています。観ることのできない導水路を、水の流れと共に多摩湖に向かって、東へ進んでいきましょう。
500mほど進むとJR青梅線に行く手を阻まれます。少し北側にある踏切を利用して線路を越えます。進行方向が逆光になってしまうので、振り返ってみる写真になりますが、羽村堰の河原まで見通せるほど、導水路によって視界が開けているのがわかります。
住宅街の路地裏のような場所で、道幅の狭い路を進むと……
遊歩道を辿っていると、いくつもの難関が待ち構えています。進行方向に道があるように観えませんが、進むべき方向を示すように、道路に刻み込まれた線を見つけることができます。何かが埋まっている痕跡のように観える線です。その線を辿って進むと、新しい路が観えてきます。
団地の中さえ突き進んでいくと……
遊歩道は、「神明緑道」という名前の緑道に変わります。
工場地帯にある道幅の狭い羽村緑道ですが、アスファルトやコンクリートのなかで、緑に囲まれているので気持ちの良い緑道です。植え込みの配置によって蛇行して進む路が違うモノに観えてきます。
「コハク川」の本当の名前になる「ニギハヤミコハクヌシ:白龍」が、舞う姿のように観えてしまうのは、マニアックな私だけでしょうか?
東京都羽村市神明台1丁目31
東京都羽村市神明台2丁目10
建物さえ避けてしまうことがわかる珍しい場所
▲印刷工場西側
西多摩産業道路を越えたところに、珍しい光景を観ることができます。導水路を辿ると当然のことかもしれませんが、唯一と言っても良い珍しい場所が、羽村緑道の先にありました。導水路は必ずしも、道路の下や敷地の境界線だけにあるわけではありません。
▲印刷工場東側
印刷工場の敷地を、横切るように導水路を埋められている印刷工場では、導水路を避けるように建物が建てられています。工場では通路として使用している様子なので、導水路によって建物が貫かれているように観える珍しい光景です。
再び東へ進むと、羽村緑道のように緑に囲まれた緑道が延びています。
300mほど進むと突然、フェンスに阻まれ路が無くなります。ココから先は、横田基地の西側に隣接する「横田基地米軍ハウス」の敷地になるため、立ち入り禁止になっています。導水路の上にある遊歩道を辿るルートは、全長約7.7kmにもなります。ココまで約1.8km辿ってきましたが、このうち「横田基地米軍ハウス」から東へ、「横田基地」と「IHI瑞穂工場」の敷地に至るまでの約2.1kmは立ち入り禁止になっているために、導水路を正確に辿ることができないエリアがあります。
止むを得ず迂回して! 沖縄のような雰囲気を楽しむ方法
「横田基地米軍ハウス」の敷地を南側に迂回して、横田米軍基地沿いにあるR16号を八王子方面に南下します。
ママチャリで15分ほど走った場所にある、ブルーシール福生店です。
沖縄に行った時には良く利用しているブルーシールを思い出しながら、ちょっと休憩しましょう。
USドル表示されているメニュー表があるところを観ると、さすがに米軍基地横のお店だなと感じます。
東京には4店舗が展開されていて、福生店のほかに「羽田空港店・池袋店・国分寺店」があります。平日の午前中なので、お客さんは1人もいないので貸切状態。
陽射しがあって気持ち良い天気ですが、冬特有の乾燥した空気のせいか、ノドが乾いてしまいました。
オーダーしたのは、ブルーシールコーンのジュニアサイズでダブルアイス。サンフランシスコミントチョコの上にストロベリーをのせてもらいました。(450円)
冬なのにアイス?と思うかもしれませんが、冬だからこそアイスは美味しいんですよね! そんな考え方の私が、メタボとかどうかは関係ありません。ブルーシール特有の濃厚な味と粘りのあるアイスは、何度食べても飽きません。サンフランシスコミントとチョコのミックスは、絶妙なバランスでクセになってしまいます。
横田米軍基地沿いの珍スポット巡り
意外なほど楽しめるのが、横田米軍基地沿いのR16号を北上してポタリングしながら、ルート後半の起点になる「IHI瑞穂工場」東側へ向かうルートです。
時間があればゆっくり見てみたい、アメリカンな雑貨屋さんです。外観だけでも雰囲気たっぷりだと思いませんか?
アメリカンじゃないけど……東南アジアで人気のトゥクトゥク。なぜココにあるのか……? 深く考えないことにしましょう。
基地そばでは。アーミーショップの店先で何か叫んでいる……。「羽村山口軽便鉄道と導水路の旅はまだまだ続きがあるぞぉ~、本物のジブリファンなら気合い入れてママチャリを走らせろぉ~」とか……叫んでいるように見えます。
珍スポットマニアのなかでは、結構知られているスポットはココ。駐車場の入り口にあるセスナのディスプレイですが、セスナに何の意味があるのか?は不明です。目立ちたいだけでしょうかね?
廃線になった「羽村山口軽便鉄道」を辿る旅で、タイムリーな珍スポットかもしれないのが、横田米軍基地沿いに走っているJR八高線です。何気なく観ているだけでは、珍スポットの意味がわからないので、よぉ~く観てください。「鉄ちゃん(鉄道マニア)」なら知っているかもしれませんが、JR八高線の「横田トンネル」は、知る人ぞ知るマニアックなスポットです。
「横田トンネル」は、穴の中を通らない100mほどのトンネルです。正確に言うと、横田基地に離着陸する米軍機から落下した部品で破損しないように、線路を守るために造られたトンネルとか、着陸する飛行機のパイロットからの視界に入らなくするために造られたトンネルと説があるようです。
現在では、ディーゼル機関車から鉄道の電化に伴う架線を張るために、邪魔になった天井部分を撤去した形になったらしいです。歴史を辿ってみると結構面白い話がわかってしまいますが、ジブリマニアの目から観ると、ハウルの動く城でソフィーの住む街で、お堀のような場所に敷かれた線路のように見えてきてしまいます。
「羽村山口軽便鉄道と導水路」を辿る旅の仕切り直し
「WARNING」という警告板が目に止まりますが、横田米軍基地の西側に比べて、北側から東側にかけてはフェンスが簡素化しているせいか、滑走路が見通せるようになっています。日本なのに日本では無いエリアがココにあります。
狭山湖と横田米軍基地は約6kmしか離れていませんが、狭山湖から望む富士山に比べて、平坦で視界が広がる横田米軍基地から観る富士山は、とても近くて大きく感じるのは錯覚なのでしょうか?
「横田基地米軍ハウス」「横田基地」「IHI瑞穂工場」の敷地には、一般人が確認できない約2.1kmの導水路が存在しています。
「IHI瑞穂工場」のフェンスの隙間から敷地の中を観てみると、不自然に何もないスペースがあり、一目で導水路がある場所とわかります。
多摩湖方面から観ると、「IHI瑞穂工場」のフェンスで、導水路の上にある遊歩道が途絶えているのがわかります。
東京都武蔵村山市中原3丁目31
東京都武蔵村山市中原3丁目30
横田米軍基地から東に延びる遊歩道は、羽村市内を通って来たモノとは違い、道幅も広く良く整備されています。散策しやすい環境になっていますが、不思議な光景を目にすることになります。遊歩道を挟んで両側にある住宅が、すべて背中合わせになっていることに気づきます。見る方法を変えれば異様な光景にも映りますね。
住宅街の中を変り映えのしない光景が、「IHI瑞穂工場」から狭山丘陵の手前まで約3.3km続きます。遊歩道の所々にある「クルマ止め」に、描かれているカブトムシには意味がありますが、話が長くなるので別の機会にご紹介できればいいなあと思います。
「羽村山口軽便鉄道と羽村村山線導水路」がわかりやすくなる狭山丘陵
冒頭に紹介した「羽村山口軽便鉄道」に関する古い写真は、狭山丘陵の入り口にあたる遊歩道の東端に設置されている案内板にあります。貴重な資料が載っているのですが、残念ながら知っている人がほとんどいないようです。
狭山丘陵の入口にある横田トンネルに到着しました。「多摩湖」と「狭山湖」は昔は逆だった!?「トトロの森」からはじまる濃厚なママチャリ旅という記事でご紹介したことのある場所でもあります。
▲第1隧道の横田トンネル
「ハウルの動く城」でソフィーが住む街を走る蒸気機関車から想像させるトンネルとしてご紹介しました。実際に「羽村山口軽便鉄道」が通っていたトンネルを観ると、線路の下に導水路があったことから、「水の上を走る鉄道」として簡単に想像できるのではないでしょうか? このトンネルを見た時に「千と千尋の神隠し」に描かれている海原電鉄のモデルになったのではないか?と考えるようになったんです。
▲第2隧道の赤堀トンネル
以前は工事中だったので、通り抜けることができなかった赤堀トンネルです。狭山丘陵には、「羽村山口軽便鉄道」のトンネルが5つあります。そのなかで唯一、カーブしているトンネルなので印象に残ります。
導水路の上を走ってきた「羽村山口軽便鉄道」は、横田トンネルから狭山丘陵の山越えになることが、一目でわかる光景です。
「羽村村山線導水路」は、トンネルを順番に辿ると幻の第5トンネルに辿り着きますが、立ち入ることができないエリアになってしまいます。水の流れは、第5トンネルの先にある「ドウドウ」と呼ばれる水門を経て、山口貯水池(狭山湖)と村山上貯水池(多摩湖)へと送水されています。
東京都道・埼玉県道55号沿いでは、行きかうクルマの騒音にかき消されていますが、多摩湖と狭山湖の間にあるポイントで「ドウドウ」を流れる水の音を聴くことができます。それは恐ろしいほどの轟音で、ジェット旅客機が「逆噴射」で発する轟音に匹敵するほどのモノだということはあまり知られていません。
「羽村山口軽便鉄道」は、第5トンネル手前で導水路から離れて、別ルートで多摩湖と狭山湖へと進みます。ほとんどが多摩湖と狭山湖の立ち入り禁止エリアにあるために観ることができませんが、狭山湖近くで自動車道沿いに姿を現します。
その痕跡は、狭山湖畔の水道局施設に向かっています。狭山湖の堤防入口付近で自動車道が、カーブしているので死角になりやすいですが、よぉ~く観てみると「上山口支線跡」が、狭山湖の堤防入口の右側に観ることができますよ。
埼玉県所沢市勝楽寺25−2
廃線になった「羽村山口軽便鉄道」と、多摩湖や狭山湖に水を貯めるための羽村村山線導水路を巡る旅はいかがでしたか?
あまりにマニアックな内容なので、話についてきてもらえるのか心配になりますが、誰も教えてくれない忘れ去られた歴史を辿る旅と言えるかもしれません。