本場パリの老舗カフェで、フランス人以外初のギャルソンとして活躍する日本人がいる
フランス

上パリ(地方から首都に向かうので、上京に引っ掛けて私はこう表現しているんですが)の愉しみのひとつはCafé(カフェ)に行くこと。同じフランスでも、北フランスと南フランスでは異なることが随分あって、カフェ文化も、そのひとつです。

ここマルセイユでも、以前暮らしたことのあるニースでも、素敵な店・気持ちのいいカフェテラスはいくつもあるんですが、パリの老舗カフェは、また別の存在。

長い歴史の中で、紡がれ、受け継がれてきた伝統が放つ凛とした空気は、扉を押すのに、ちょっと緊張しますよね。でも、席に着くと心地いい。

それは、ギャルソンと呼ばれる人たちが演出してくれるお陰なんだと、気づかせてくれたのは……山下哲也さんの存在。”老舗Café de Flore(カフェ・ド・フロール)のTetsuya“は、もはやフランス文化の一部です。

Café de Flore(カフェ・ド・フロール)のTetsuya(テツヤ)といえば、文化大臣も大統領も知っている存在。

正直なところ、初めてその存在を知った時には、こんなに”すごい”人だとは思いませんでした。

パリを離れて南米で暮らしていた頃に夏に(夫の実家に)帰省した2002年だったのか、フランスに転勤から戻ってパリで暮らしていた2003年だったのか、もしくは、マルセイユに転勤してまた帰省した翌年だったのか……確かなのは夏だったことだけで、右サイドのテラス席で、注文しようと扉の方を見ていた時に、その先に広がる正面のテラス席を、きびきびと動くアジア系のギャルソンがいるのに気づいたのは、夫も私もほぼ同時でした。

顔を見合わせて、「アジア人のギャルソンなんて、初めてじゃない?(パリに多い)中国系かヴェトナム系の2世かな?」

日本人だなんて、そしてフランスで生まれ育ったわけでもないなんて、微塵も想像しませんでした。実に滑らかな動きで、空気に溶け込んでいたから。

「日本人で、というより、フランス人以外で初めてのギャルソンとして、老舗カフェ・フロールに迎え入れられている日本人、すごく気骨のあるカッコいい人ですね」とマルセイユのビストロのオーナーに言われたのは、何年かあと、子どもが小学校に上がってからのこと(そういえば、子どもが歩き出してからは、足を運んでいませんでしたから)。

「(日本人同士なら)知り合いですか?」「いいえ」「ぜひ、訪ねるといいですよ。すごくいいこと言ってたし、カッコいいんだよなぁ」

ちょうど、その前夜、テレビ番組のパリ特集で観たそうで、感動しきり。

「あんな日本人がいるなんて考えたこともなかった。とにかく、フランス文化を、カフェを、フランス人より知っていて、フロールに立つために海を渡って来たなんて嬉しいよね」、と。

男がカッコいいと褒める男って、言葉に深みがありますよね。そして、その後も、何人ものフランス人たちに同じことを言われたんです。

自称テレビ嫌いの目立つフランス、ニュースとシリーズ特番以外は観ないという人がわりと多いんですが、Des racines et des airesというのも、人気の特番シリーズのひとつ。

Tetsuya(山下哲也さん)が紹介された回は評判が特によくて、何度も再放送されています。

パリの象徴としてさえ謳われるフロールでは、ギャルソンはフランス人の伝統職で、山下哲也さん以前は、フランス人、それも、白人以外は許されてきませんでした。

だから、番組で紹介された時には、フランスでは大注目された存在。そして、今では、”そこにいるのがごくごく自然”な存在。パリ在住の人はモチロン、フランス国内外の多くの著名人(e.t.c.)から厚い信頼を持たれています。彼担当の席を指名で予約してくるほど。

とくに、番組公開以前からの長い顧客のひとり、文化大臣も務めていたジャック・ラング氏(といえば、数々の文化イヴェントを築き上げてきた人)にも一目置かれていて、毎回、Tetusyaさんに給仕されることを希望しているのは周知の事実で、また、オランド前大統領からは、エリゼ宮での公式晩餐会にも招待されたほどの存在。

同僚のギャルソンからMaiître(マスター)と呼ばれ慕われる、名実共にフロールの顔なんです。

カフェはフランス文化の一部。そして、老舗カフェ・ド・フロールって?

パリの老舗カフェたちといえば、フランス国内外の文豪達や画家・アーティスト、そして、ココ・シャネルたちが通うというより集っていたことでも知られる通り。

Tetsuyaさんがギャルソンを務めているカフェ・ド・フロール、その並びには、ドゥ・マゴというカフェがあって、どちらも歴史ある老舗。日本に出店もしています。

さらに、正面には、ブラッセリー・リップ……それぞれ、代々、名物ギャルソンが存在してきました。

そのひとり、日仏バイカルチャーなTetsuyaさんの視点から、マナーや避けたいタブーを訊いてみたいと思いませんか?

カフェに気後れしないで、愉しむために……

顧客はこの空間と、Tetsuyaのサーブを愉しみに訪れる。

……というわけで、伺ってきました。土曜日の午後2時過ぎ。

客足は絶えません。正面入り口には並んでいる人も何組か。でも、追い越して入っていく人たちもいます。

というのは、古き良きカフェであることを貫くフロールは、基本《予約不可》なんですが、その《予約》をすることを許されている顧客たちがいるのも、暗黙の事実。

そんな彼らは、テーブルのあるエリアごとに、それぞれ、その日の担当が決まっていて、その席の場所で選ぶ人もいれば、エリアには拘らず、誰が担当しているかによって予約を入れている人たちも。

確かに、誰と行く、だけでなく、誰がサーブしてくれるのかは大切なこと。Tetsuyaの席をと指定してくる顧客たちが居心地のよさを堪能できているのは、自称完璧主義という彼の、見せない努力のお陰なんだと思います。とても、アーティスティックな。

たとえば、軽やかな足取りしか見せない、背筋の伸びた姿勢、腕の角度、そして、カラダへの心配り。全身全霊で、仕事と向き合っている様子は、ブログの行間から浮かび上がってきます。
※山下哲也氏のブログはこちら http://t-yamashita.blog.openers.jp/

「カフェは舞台のようなもの。主役はあなたです」(Tetsuya氏語録)

フランスでは、家に招きあって食事を一緒にという習慣があるんですが、招かれる方も招く方も、レストランに出向く時と同じように、きちんと自分スタイルでオシャレするのが伝統です。

ドレスコードがあるわけではないものの、大人たちがそうしているのを見て育った子ども達が、またそうして繰り返して、受け継がれてきた、愉しい時間の過ごし方。

お料理自体は、うんとシンプルだったり、支度に無理しすぎないもの。何を食べるかではなくて、テーブルを囲むこと、会話を愉しむ時間自体が、ご馳走なんですね。

老舗カフェに出かけるのも、時間と空間を共有する楽しみのため。何を注文するのかは、それぞれが思い思いに。どんな時間になるのかは、誰と過ごすか、そして、誰の担当しているテーブルか次第。そして、何より、自分自身次第……そう教えてくれたのは、Tetsuyaさんのスタンス。

Tetsuya語録と呼びたい、ご本人からいただいたいくつかのアドヴァイスを、そのままご紹介しますね。

――挨拶のコミュニケーションは大切なこと。
たとえフランス語が話せなかったとしても、挨拶の、「ボンジュール」「ボンソワール」をフランス語で、ぜひ。 たぶん、そのひと言があるかないかで、ギャルソンの対応も変わるかもしれません。もちろん、「メルシー」のひとこともお忘れなく。

――「お好きなお席にどうぞ」
カフェは(本来は)自由なので自分の座りたい席を。もしくは、自分の意思表示をしっかりと。カフェはフランス共和国の理念、『自由・平等・博愛』そのものです。

――そのテーブルを担当しているギャルソンと、アイコンタクトで”会話”する。
プロフェッショナルであるギャルソンに、「すみませーん」的に手を上げて呼ぶことは必要ありません。というか、おそらく彼の反感を買ってしまうでしょう。担当のギャルソンと、アイコンタクトで会話しましょう。

――カフェという舞台に立っている”俳優・女優”になる。
日本人的な「他人の目を気にする」ではなく、フランス人的な「他人の視線を意識する」スタンスで、カフェにいる時間を愉しむ。たとえ、ひとりで読書に耽っている時も、友人との会話に夢中になっている時も、ふと視線を上げてみると、新たな発見があったりするものです。あるいは、普段、映画やテレビで見る有名人が通り過ぎたり、もしかしたらあなたの隣のテーブルに座っているかもしれません。自分自身が、そのカフェという舞台に立っている”俳優・女優”になる。フランス人のように、「見て・見られる」愉しみをお楽しみください。

文化の継承者、あるいは Tokyoïte

彼がパリにやってきたのはフロールに立つため、で、永住のためではなかったわけで、日々、完璧なギャルソンであることに集中する一方で、その先に広がる世界への視野へのフォーカスは日々続けてきた(に違いないと勝手に思っているんですが)はずで、すでに、東京構想は、何年か前からお持ちのようです。

もし、勘違いでなければ、東京でのオリンピック開催が正式に決まった瞬間に、その決意も固まったのではないかと……

東京にパリを持ち帰るのではなく、パリで得て積み重ねてきた大切なものを運んでいくことによって、新たなバイ・カルチャー文化としての、東京ならではのカフェ。実際のところ、どう具体的なのか、伺ってみました。

――『間違いなく言えるのは、フランスを愛し、フランスに愛された男として、また同時に一人の日本人として、愛とアイロニーに溢れたものを創って魅せたいと思います』by Tetusya YAMASHITA

カフェ・ド・フロール
公式HPはこちら

この記事を書いた人

ボッティ喜美子

ボッティ喜美子仏日通訳翻訳・ジャーナリスト

フランス在住。東京で長らく広告・PR業に携わり、1998年に渡仏。パリとニースで暮らした後、2000年からパリジャンの夫の転勤で南米ブエノスアイレスへ3年、出産も現地で。パリに戻り、地中海の街マルセイユへ転勤して13年。南仏拠点で時々パリの実家へ、家庭優先で仕事しています。Framatech社主催の仏ビジネスマン対象のセミナー『日本人と仕事をするには?』講師は10年目(年2回)。英語・スペイン語も少々。

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