日本人が韓国に建てた「敵産家屋」。いま古民家カフェとしてオアシスになっています
韓国

お隣の国・韓国。”反日感情の強い国”というイメージをもっておられる方も少なくないのでは? テレビで報道される”反日デモ”とか、政治問題……。

中には「親日派と言われただけで財産没収されたりするんでしょ?」などと心配してくださる方もいます。

今日は、報道には出ない、韓国の別の面に触れて頂けたらと思います。

韓国のそこかしこに残る日本式住宅

韓国の近現代史を学ぶときに避けて通れないのが1910年から1945年までの「日帝強占期」大日本帝国による朝鮮半島統治時代です。

韓国にとっての近代は、大日本帝国とともにやってきたとも言えます。今までの生活様式と異なる文物を運んできた当時の日本人(内地人)。

多くの日本人(内地人)がここに居留しました。朝鮮半島のあちこちに日本人町ができます。

その後、日本の敗戦に伴い日本人(内地人)は日本に引き揚げます。

幸い、戦争期間中に空襲に遭わなかった半島では木造の日本式家屋というか日本式近代の象徴である和洋折衷の家屋がたくさん残されます。

朝鮮戦争の時に焼失したもの、その後の再開発などで取り壊されたものも多くありますが、それでも今でも日本式家屋の多く残る町は点在しています。

忠清南洞(チュンチョンナンド)の群山(グンサン)には当時、日本式に建てられたお寺が今でも残っていますし(韓国仏教の一宗派のお寺になっていますが)、保存して資料館になっている当時の豪商の館もあります。

また、全羅南道(チョンラナムド)の木浦(モッポ)でロケをした映画などではたびたび風景として日本式住宅が背景に映っています。

ソウルにもそんな街があります。ソウル駅の南側に広がる一帯です。当時ソウル(京城)では、清渓川(チョンゲチョン)を挟んで北側が朝鮮人居住区、南側が内地人居住区になっていました。

京城(現ソウル)駅を南にまっすぐ下り、漢江(ハンガン)にぶつかるあたりを龍山(ヨンサン)と言います。その龍山(ヨンサン)地区には広大な日本軍の基地がありました。

基地の一番北側、つまりソウル駅の一般市街だったと思われるところでこんな窓格子を見つけました。

鉄の格子につけられた三菱のマーク。あの三菱グループの社宅だったのでしょうか。この三菱のマーク付きの窓格子はこちらの建物で見つけました。2016年夏のことです。

ローカルな、地元の人しか歩かないような通りに建っていたのは、韓国伝統家屋・韓屋(ハノク)でも、韓国の高度成長期のシンボル・セマウル住宅でもない建物です。

高い塀は韓国っぽいもののその向こうに見えるのは、日本の田舎で見かけたような、日本のアニメで見かけたような形をした住宅。

この物件が2016年冬、風変わりなカフェとして生まれ変わりました。

カフェ&バー Anarchy Bros


塀が取り除かれ、適度にライトアップされました。

大きなガラスの扉を開けると、コーヒー豆をローストする香ばしい香りと不思議な空間が出迎えてくれました。

店内を拝見

広い店内をざっと見て回りましょう。まずは、入口の正面左に見える階段を上ってみます。どこか懐かしい、”おばあちゃんちの階段”を上ると……

左に見えるのは、間違いなく押入れ……ですよね。窓も、古い民家にあるそれです。うん…明らかに日本の古民家。

では、1階も見に行ってみましょう。

外から見たときには見えなかった中庭があります。まるで渡り廊下でつながっているかのようにひょうたん型に広い空間があります。

中庭に面した部分は大きな 窓になっていて明るく、開放感のある造りになっていました。さらに……

その中庭に面した窓の隣には押入れスペースが!!! こちらは2階のものよりも少し広いですね。1.5間の押入れだったのでしょうか。

奥の部分は靴を脱いでゆったりできるスペースになっています。

押入れもそうですし、天井を見ても立派な梁が……。

公式的な話では、日本式家屋というのは、韓国の暗い歴史の象徴。それは、破壊の理由にはなっても保護・保存の対象にはならないと言います。

が、これ、1年前の空き家の時の状態からきれいにアレンジされて残っていませんか? これはオーナーさんに考えを聞かなければ!

キム・ジョンファさんにインタビュー

この、Anarchy Brosの代表のキム・ジョンファさんにお話を伺いました。キムさんは、韓国の若手芸術家の養成学校である韓国芸術総合学校の出身。芸術ベースの建築家です。

そのキムさん。この物件に魅せられてカフェにしようと思ったのが2016年の冬だそうです。

― どんな経緯で、ここでお店をやろうと思われたんですか?

僕は学校を卒業してから、弟とデザイン事務所をやっていたんです。弟が海外の大学院に行くことになり、バリスタをやっている幼馴染と一緒に店をやろうということになったんです。

バリスタのソンさん

― 元々デザイナーのキムさんと、バリスタのソンさんがこの店を作っているということですね。ところで、なぜ、この日本式の古民家を使おうと思ったんですか?

「僕は一山(イルサン)という新都市で生まれ育ったんです。お店をやろうとソウルのいろんな町に行きました。この町は自分のホームタウンにはない、路地が入り組んだ地形、地域のコミュニティーなど、なじみがないにも関わらずどこか懐かしい。そんな町でした。

この物件のような日本時代に日本人が建てた建物は敵産家屋(チョクサンカオク)と呼ばれます。もともと、地方都市にはたくさんあると聞いていたのですが、正直、ソウルのど真ん中に残っているとは思いませんでした。」

― でも、”敵”というくらいですから、韓国の人から見たらネガティブな建物ではないんでしょうか。

「確かに”恥ずかしい過去の産物、清算すべき過去の残滓”と考える部分はあります。でも、同時に、ソウルの中心部に残るこの建物は時間の跡が染み込んでいる、特別な空間でもあります。

だから、簡単に壊してなくしてしまって新しいソウルで染めてしまうのでなく、時間の流れの中にあるソウルの一つの要素として残したい、保存したいと思いました」

― このお店を始めるにあたり、改装されましたよね?デザイン・コンセプトを教えていただけますか。

「この建物に最初に出会って受けたファースト・インプレッションは、『日本特有の簡潔で整っている感じ』、その上に時間と一緒に代々のここを経て行った人々の手入れを感じました。精巧に組まれた木の構造と、小さな通路で迷路のようにつながっている大小様々な空間が魅力的でした。

韓国の伝統家屋の特徴が曲線美だとすると、日本式住宅の特徴はまっすぐに伸びる梁のラインと壁面の調和ではないでしょうか。それで、その特徴を生かし、白い壁面をキャンバスにして梁のラインを強調する感じデザインして、少々補修しました。」

― デザイナーさんならではの視点ですね。このお店をどんなお店として育てていきたいと思っていらっしゃいますか。

「この建物と同じように、世の中の埋もれた才能、苦労している人たち、何かに凝って邁進している人たちなどが集まって、コーヒーやビールを飲みながら、勉強したり、何かを作ったり、語り合ったり、楽しんだりする空間を提供で来たらいいなと思っています。

なので、ここでのメニューは特別なものはないんです。どこのカフェにでもあるメニュー。ただし、ほとんどすべて手作りで準備しています。あ、ソン君がですけど。ここで提供したいのは、時間。そして空間。

なので、この場所にインスピレーションを得て、何かやりたいという方がいたら積極的に応援していきたいと思っています。それから、この店を拠点に人と人とがつながっていけたらいいなと思っています。」

時間が積もる古民家で良質な時間を

韓国のニュータウン育ちの芸術家が見つけた良質の時間を提供できる空間は、80年前に当時の日本人が建てた古民家でした。

ただ古いからではなく、日本式家屋の特徴を生かして、競争社会の中のオアシス的存在にしたい、そんな気持ちから生まれたカフェ「Anarchy Bros」でした。

Anarchy Bros
住所:ソウル市龍山区葛月洞52-4
定休日:なし
営業時間:大体昼12時から夜12時

時間は積もりながらつなぐもの

今回の取材を通して感じたものは「時間」「積もる」「つながる」。日本式古民家を壊さずに手入れをし、その時々に必要な姿に作り替えてきた韓国の人たちの時間。そして、そこから始まる新しいコミュニティー。

建物に感じる厚みが積もった時間なら、カフェに感じる暖かい雰囲気は、この空間を愛する店主とお客さんのつながりなんだなあ。そんな独特で表面には出てこない韓国の一面も、日本にいる方に体験してもらいたい、そう感じました。
時間は積もりながらつなぐもの

この記事を書いた人

エナ

エナライター / エナツアー主催

横浜出身のソウルっ子。2000年から2002年、ワーホリ滞在。その後横浜での10年間を経て2011年、再度渡韓。本業は日本語教師。ソウルの町歩きが大好きなネイリスト。ソウルの博物館、市場が主な生息地。普通の町を普通じゃなく感じさせるエナツアーなるものを企画していました。最近は日本家屋の残る町にはまり気味。

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