韓国で最も反日感情が高まる日、8月15日。ソウルの街はこんな状況でした
韓国

8月15日。日本では終戦記念日として知られる日です。そして、この日、お隣の韓国は「光復節(クァンボクチョル)」という祝日になっています。

「終戦記念日」と「光復節」は裏表の関係にあります。「光を取り戻す(回復)した記念日」というのは、植民地支配という暗い時代からの解放という意味だからです。

このような背景のある祝日である8月15日はほかの日に比べても反日イベント的なものが催されやすい時期です。

ということで、8月15日のソウルの町かどを取材してきました。

今年は半連休に~8月14日

2017年の8月15日は火曜日でした。そのことに気づいた韓国政府。

1週間前くらいに急に「連休にしたほうが旅行とかしやすいよね?」と前日14日を臨時公休日にするか検討すると言い出しました。韓国では毎年1回くらいは出てくる飛び石連休を連休にしようという話です。

1週間前に急に言われてもほとんどの事業所は調整が間に合わなかったため、もともと有休をとっていた人とか、臨時の休業にしていた事業所は休みという何とも中途半端な感じの1日となりました。

そのため、いまいち連休っぽくもなく、平日っぽくもなく、休日みたいなイベントは行われていて……という妙な感じでした。

ソウルの中心部「清渓川(チョンゲチョン)広場」に行くと何やらイベントが……。テレビもたくさん来ており、外国人記者も取材をしていたのはミニチュア「少女像」です。

どうやら「光復節」の前日を慰安婦問題の日としてイベントを行った団体があったようです。

夕方になると、この像は取り除かれ、代わりにステージが設営され歌や踊りが披露されました。

そんな日でしたが、この場所から徒歩で15分もかからない、観光地・明洞(ミョンドン)ではこんな感じでした。そんなイベントが行われているなんて雰囲気がみじんもありません。

雨の日となった8月15日

当日です。事前に在韓国日本大使館からは、市内のいくつかの場所で集会などが開かれるので注意するようにというメールが流れてきました。

韓国のサイトで調べると独立門、漢江、国立墓地(ヒョンチュンウォン)で独立記念イベントがあるようです。イベントなどがあるところ、ないところの様子を見に出てみました。しかし、朝からしとしと雨降り。

朝10時ころのソウル地下鉄4号線です。いつもよりすいているくらいです。

東大門の周りも時間が早いせいか人がまばらでした。雨のせいかもしれません。中国人観光客がちらほらいるだけで普通の、いたって普通の静かな朝です。

町の八百屋さんも普通に営業します。今年は野菜や果物が少し高めです。

独立運動の聖地であるタブコル公園も雨宿りする人くらいしかいませんでした。

右側に見えるプラカードなどは、1年中掲げられている独立運動関係のパネルですが、周りに人はおらずただ掲示されているだけであるかのようにひっそりと置かれていました。

市内中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)は雨のせいで増水し、危険が伴うということで川べりの散策路は通行禁止になっていました。

前日、慰安婦問題の集会を行っていた清渓川広場はというと、今日は、女性独立運動家の存在を知らせるイベントが行われていました。

ということは、前日のイベントはあくまでも14日のイベントであり、独立記念行事としておこなったわけではなさそうです。

このイベントは、「私たちの国(=韓国)」には実はこんなにたくさんの女性独立運動家がいたんですよということを韓国人たちに知らせるためのイベントのようです。

そのようなイベントをしなければと思うくらい、戦時中、戦後の社会状態について知らない世代が多いということの裏返しのような気もしました。

ソウル歴史博物館の規格展示も「民国の道・自由の道」展が開かれています。これは、ある独立運動家6兄弟の物語です。

タイトルにあるように「大韓帝国・大日本帝国」などの「帝国」から「民国」へ変えたいという思想で活動した人の物語ということのようでした。

町じゅうのいたるところに国旗がかかげられています。それは公休日を表しているようでもあり、独立記念を表しているようでもあり。

近年、韓国政府も公休日に国旗を掲げるように呼び掛けています。写真のようにマンション単位で配っているところあるとのことです。

プラプラと市内中心部を歩いてみましたが、清渓川広場でイベントをやっているなという以外、緊迫したムードもありませんでした。むしろ強まってきた雨脚のほうが気になるくらい。

せっかくなので、公式発表で何やら大規模に行事をやっている西大門刑務所資料館に行ってみることにしました。

西大門刑務所は独立運動家の記念館

ソウルの北西にある独立門近くの西大門刑務所資料館。

もともと、日本植民地時代に刑務所として建てられ、植民地時代後期には主に政治犯を収容したこの施設は、現在では資料館として主にここに収監された独立運動家について伝える施設となっています。

かなり土砂降りになってきていましたが、係員をはじめ、この日一番沢山人を見ることができました。

行列の部分にはテントを張っています。お客さんほとんどが小学生以下の子供を連れた親御さん。

獄舎を残して展示館としている西大門刑務所資料館の中を開放し、展示を無料観覧できるようにしたり、獄舎でコンサートを開いたりという行事を行っていました。

しかし、小さな子供連れの家族が多かったこともあり、何ともほのぼのとした雰囲気になっていました。

72年は韓国の人にとっても長い年月

日本でも戦争体験者の高齢化、戦争の記憶の風化などについて心配するというコメントがちらほらと見えました。ここ韓国でも同じようです。日本よりある意味世代間断絶が大きい韓国、過去の遺物を丁寧に保存するのをどちらかといえば苦手とする韓国でも、植民地時代の記憶の風化は憂慮されるもののようです。

今回もいくつかのイベント会場を除いては至って普通の休日であったのを見ることができました。また、イベント会場でも、こういうことがあったことを知らせますというスタンスのものが多かったのも印象的でした。風化させてしまってはいけないけど、風化は止められない。だからこそ、運動をしている人は強めに主張しなければ、と思っているのかもしれませんね。
72年は韓国の人にとっても長い年月

この記事を書いた人

エナ

エナライター / エナツアー主催

横浜出身のソウルっ子。2000年から2002年、ワーホリ滞在。その後横浜での10年間を経て2011年、再度渡韓。本業は日本語教師。ソウルの町歩きが大好きなネイリスト。ソウルの博物館、市場が主な生息地。普通の町を普通じゃなく感じさせるエナツアーなるものを企画していました。最近は日本家屋の残る町にはまり気味。

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