縄文土器というと縄目模様の土器や火炎土器などが有名ですが、実は縄文時代中期には面白い土器や土偶がたくさん作られました。
漫画のキャラクターのような人の姿を象った土器やエジプトのファラオ像のような土器、蛙や蛇、あるいは人の顔が象られた土器まであったのです。また土偶といえば、豊饒や子孫繁栄を願うため壊されるものだったといわれますが、壊されずに土に埋められた特別な土偶もあります。
縄文のアートを楽しめるのは、八ヶ岳・南アルプス周辺の縄文遺跡。写真と共にご紹介してゆきます。縄文時代最盛期のアートを思う存分楽しんで下さい。
ユーモラスな土器や鳴子形の子宝の女神 ~縄文文化の代表、鋳物師屋遺跡出土品~
鋳物師屋遺跡出土品:南アルプス市ふるさと文化伝承館
この土器は“人体文様付有孔鍔付土器”という少しイカツイ名前がついていますが、名前に反して、人の表現は実にユーモラスです。幼児が誰かに呼び掛けているようにも見えます。5,000年も前に作られたものですが、まるで現代の漫画のようですね。
ちなみに有孔鍔付土器はお祭りなどの儀式に使用される神聖な土器で、この中でお酒を造っていたといわれます。中からはお酒の材料のニワトコが見つかっているとの事。
また、表面に土偶が貼り付けられた非常に珍しい土器で、顔の表情などは写実性に優れています。後述の土偶の顔表現とも比べてみて下さい。
鋳物師屋遺跡出土品:南アルプス市ふるさと文化伝承館
同じ遺跡からは、このような土偶も出土しています。正式には”円錐形土偶”というのだそうです。妊婦さんを表現しているような造形のため、“子宝の女神 ラヴィ”と名付けられています。
通常、土偶はバラバラに壊されて離れた所に埋められる事が多いのですが、この遺跡は土石流に襲われたため、完全に近い形で発掘されました。手の指が3本というのも奇数好きの縄文人らしい造形です。
中は空洞で、玉が入れられ、鳴子として使われたといわれます(鳴子型土偶)。子供のおもちゃだったのでしょうか?
ラビちゃん:南アルプス市ふるさと文化伝承館
なお、この土偶にちなんでキャラクター(ラヴィちゃん)が作られました。2015年に“全国どぐキャラ総選挙”ファイナルにおいて見事グランプリに輝くなど(こちら参照)、一見地味ですが、実はすごいキャラクターなのです。
ところで、上記の2つは、あまり日本人に知られていませんが、実は、日本縄文文化の「代表」として世界中に紹介されているのです。大英博物館やローマ市立展示館、またモントリオール博物館など海外の有名博物館に貸し出され、その芸術性の高さは高い評価を得ています。
まだまだあるぞ! ~エジプトのファラオの像や人の顔付きの土器~
神像筒形土器:井戸尻考古館
何か思い出されませんか? そう、エジプトのファラオの像です。両肩が盛り上がり、逆三角形の衣服を身に着けているようです。
この姿は当時の人々が思い描いていた神様(日と月の所有神)を表現しているといわれ、正式には「神像筒形土器」と名付けられています。しかし見れば見るほどファラオ像に似ていますね。ひょっとすると何か交流があったのでしょうか?
人面香炉形土器:井戸尻考古館
さらに面白いのこちら。香炉のように穴の開いた覆い(天蓋)の上に人(女性)の顔が造形されている、香炉形土器です。これは神聖な火をともす“火器“であったといわれます。土器全体が女性の体を表し、体内(胎内)に火がともされている、つまり光が生まれる事を意味する神聖な土器といわれます。
土器が作られた縄文中期は、富士山の火山活動が活発だった時期のようです。火山の活動そのものを火の神の働きと考えれば、これは火の神を崇めた土器なのかもしれません(そういえば富士山には女神のコノハナサクヤヒメが祀られていますが関係はあるのでしょうか……?)。
なお、日本書紀には火の神“加具土命(かぐつち)”がイザナミから生まれる記述があります。縄文時代の土器に“火の神が女性の胎内にいる”表現があるというのは、縄文の思想が日本書紀に受け継がれていると解釈することもできます。
この土器は、文字がなかった縄文時代と、文字で書かれた歴史を結びつける貴重な資料ともいえる土器なのです。
国宝の土偶も! ~縄文のビーナス、仮面の女神~
国宝に指定された縄文土偶5点のうち2つの土偶を紹介しましょう。
縄文のビーナス:尖石縄文考古館
妊婦さんでしょうか、小さい乳房に比べ、下半身が非常にふくよかに表現されています。少女が次第に成長し母になる姿を表現しているのかもしれません。
なお、土偶は通常、子孫繁栄や豊穣を願うために壊され、バラバラに埋められたのですが、この土偶は壊されずに完全な形で埋められていました。
レントゲン調査によると、首や腕などをパーツ毎に作って貼り合わす通常の作り方(分割塊製作法)がされており、壊す事が前提の土偶ではあったようです。完全な形のまま埋められた理由は残念ながら分かっていません。
仮面の女神:尖石縄文考古館
さて、もう1つの国宝がこちら、「仮面の女神」といわれる土偶です。逆三角形の仮面を顔につけ、少し上向きに顔をそらしています。
頭のてっぺん、お腹や手の部分には“渦巻き”模様が描かれています。専門家によると、この模様は“女性”を表す表現とされます。乳房は表現されていませんが、股間の表現から女性像である事がわかります。
この土偶は他と異なり、縄文後期のものです。写真のように右足が壊れた状態で、村のシャーマン(巫女)と思われる人物の墓から出土しました。
縄文時代に出土している仮面は、人の顔形を象り、眼や口の部位に大きな穴を開けたものが多いのですが、この土偶の仮面は形が三角、かつ眼や口の部分の穴も非常に小さい事が特徴です。何かの儀式や祈りのためなど、シャーマン仕様の特殊な仮面であったのかもしれません。
仮面の女神出土状況:尖石縄文考古館
内部は空洞で、頭頂部や腹部、足の裏など全部で7つ孔が開けられています。縄文後期の土偶というとやはり空洞の遮光器土偶(青森県亀ヶ岡遺跡)が有名ですが、孔の大きさや壊され方の違いから、使われ方が異なっていたことがうかがえます。
蛙や蛇など動物がかたどられた土器も ~その意味は命の再生か?~
さて、縄文(主に中期)の代表的な土器や土偶を紹介しましたが、長野県や山梨県などの関東・甲信越地域の土器には動物が造形された物が多数出土しています。
蛇型土器:尖石縄文考古館
“この地域独自の文様”といっても良いのですが、まずは蛇から紹介しましょう。頭を天に向けて突き上げているようです。実にダイナミックですね。
蛇型土器:井戸尻考古館
それとは異なる表現の蛇もあります。三角の頭やとぐろを巻いている、おとなしそうな蛇ですね。
蛙文・みずち文深鉢:井戸尻考古館
次に紹介するのは、蛙が表現された土器です。大きな目と長い手足が特徴的で、カワイイ蛙ですね。
蛇と蛙:南アルプス市ふるさと文化伝承館
また蛙と蛇が一緒に造形された土器もあります。三角の尖った部分が上を見ている蛙の頭で、その下にとぐろを巻くように作られているのが蛇だそうです。蛇が蛙を食べている姿のようにも見えます。
人面香炉形土器裏面
ところで、先に紹介した人面香炉形土器ですが、後ろ側に蛇の模様がつけられていました。真ん中の隆起部が、蛇がくねくねと動く様子を表現しています。
一方で、左右2つの丸い穴は、蛙を表す表現ともいわれています。蛙文・みずち文深鉢の蛙の目が大きく表現されている形のようです。神聖な火の神と関係する土器の背面に蛇や蛙がいるというのは、何を意味するのでしょうか?
キーワードは“再生”です。蛇は脱皮します。蛙は冬眠し、春になると再生してくる動物です。特にヒキガエルは月を食べるともいわれ、縄文時代の人々は、満ち欠けを繰り返す(再生する)月を信仰していたといわれます。
つまり、月、蛙、蛇は全部“命の再生”という点で共通するという見方ができます。胎内の火も新月の光に例えられます。
また最近は縄文時代に農業(畑作)が行われていたとの説が有力で、この視点からの説もあります。蛇は畑の作物を食い荒らすネズミの天敵、蛙は害虫である草食昆虫の天敵であるところから、蛇や蛙が畑作の守護神と考えられた、というものです。
この考え方では“蛇は太陽”を“蛙は月”を表し、太陽が月を飲み込む、つまり蛇が蛙を飲み込むと夜が明けるという解釈が成り立つようです。蛇や蛙の土器はそのような“変わりない日常”を願って祈る道具だったとか。人面香炉形土器も蛇や蛙の模様で焼畑農業の変わらぬ豊作を願ったという解釈ができるのかもしれません。
縄文アート ~諏訪湖周辺から東京湾にまで分布~
すばらしい縄文の土器・土偶いかがでしょう。縄文土器に対するイメージが大分変わってきませんでしたか?
遺跡の分布:尖石縄文考古館
蛇や蛙が造形された土器が出土する長野県と山梨県。実は縄文時代、これらは同じ文化圏に属していました。写真は、この地域の遺跡全体を示しています。
水色で表された諏訪湖の周辺から、右端の八ヶ岳南嶺、そして富士山の傍らを通り東京湾近くまでこの文化圏は広がっていました。赤いピンが縄文遺跡1つ1つを示していますが、これら遺跡からは面白い土器達が多数発掘されています。奥多摩湖やあきる野市でも蛇の造形がある土器が出土しているのです。
縄文時代最盛期の中期の土器や土偶。我々からみると新鮮なアートですが、いろいろな思いが込められて作られていたようです。見ていると、いろんな世界観が湧いてきて、自然への感性が高まって来るのが感じられるはずです。
今回紹介した場所には、たくさんの土器・土偶が展示されています。ぜひ本物をご覧いただき、縄文のアートを思いっきり楽しんでください。