ただの記念館にあらず。鈴木大拙館で思索を”体験”してみた
日本

金沢市の観光スポットとなった21世紀美術館から10分ほど歩いたところに、「鈴木大拙館」という文化施設があります。

この文化施設は、鈴木大拙の功績を称えた記念館とは言い難いものがあります。もちろん、彼の著作物、肉筆のメモ、写真といった貴重な展示物がありますが、あまりにも少ない。
この文化施設は、鈴木大拙を知るだけでなく、彼から学んだものを思索する体験ができる場所なのです。

哲学の道を散策した同級生の哲学者は、同じ禅の研究をしていました。


京都大学の哲学者・西田幾多郎は、京都の東山の麓、琵琶湖疎水に沿った歩道を好んで散策したといわれています。足を右、左、と前に進め、てくてくとリズムを保ちながら歩いていると、思考が深まっていきます。後にその歩道は哲学の道と呼ばれ、今ではデートスポットになっているそうです。
 
その西田幾多郎と同郷の同級生に、鈴木大拙と呼ばれる仏教学者がおり、お互い禅の研究をしたことで有名です。この鈴木大拙が禅の概念を含めた東洋思想を世界に広め、今では禅が「ZEN」として世界にも影響を与えています。アップルの創始者であるスティーブ・ジョブスが、強い影響を受けたことは有名です。

禅は宗教ではなく思想

ずいぶん前に、鈴木大拙と西田幾多郎の著作物を読んだことがあります。内容はきれいさっぱり忘れたのですが、ぼんやりと「禅(仏教を含め)は宗教というより、思想みたい」と思ったことは鮮明に覚えています。
 
禅の開祖である達磨は手足が腐り落ちるまで、壁に向かって禅を組んだといわれていますが、一体何を求め、何を見出そうとしていたのでしょうか?

谷口吉生氏が体現した静謐


鈴木大拙館はニューヨーク近代美術館の新館の設計で有名な、日本を代表する建築家谷口吉生氏が設計しています。文化施設の建設に数多く携わっている谷口吉生氏が、最も小規模で最も世界観を体現するのが難しかったと言ったのが、この鈴木大拙館だったそうです。
 
谷口吉生氏の御父上は、昭和モダニズム建築で有名な谷口吉朗氏。彼は石川県金沢市出身で、金沢は谷口吉生氏にとっても縁のある場所なのです。

3つの棟と3つの庭


鈴木大拙館内には玄関があり、楠が見える庭があります。そこを真っすぐ行き内部回廊を進むと、展示棟があり、そのすぐ隣に学習空間があり、映画のスクリーンのように大きな窓から庭が見えるようになっています。

そこをでると、鈴木大拙館のシンボルである水の張った庭園があります。その庭園には、簡素なドアのない壁に四角い穴の開いた、小屋のような空間の棟があります。

この建物は、展示空間で鈴木大拙を知り、学習空間で鈴木大拙の思想を学び、小屋の思索空間で、学んだことを考えるといった3つの行動構成になっています。館内と外に真っ直ぐに伸びる回廊があるのですが、西田幾多郎が散策を好んだことからわかるように、思索の基となる考えは歩くことによって生み出されるのかもしれません。

水鏡の庭


鈴木大拙館の一番の見どころ「水鏡の庭」。水面が鏡のように周りを映し出しています。この庭を眺めていた時、たぶん、自己啓発の本にでも書いてあった言葉だと思うのですが、「他者は自分の鏡」という言葉をふと思い出しました。
 
展示空間などに、鈴木大拙のことばやエピソードを紹介してある紙があるので、それらを入館の際にもらったファイル状のパンフレットに挟んでいくことができます。

その紙の一つに、アメリカ人の精神科医とのやり取りについて書かれてあるものがあります。

その精神科医は禅の修行によって鈴木大拙が他人の心がわかるに違いないと考えており、それを確かめようととして執拗に質問することがありました。それに対して、大拙は即座におだやかに答えます。

「他人の心を知ってどうしようというのか。大切なのは、自分の心を知ることだ」と。
 
鈴木大拙館 企画展「2017・春 大拙と語る」-2 捉われない人

訪れた日は曇り空で、薄暗く水鏡は磨き上げられた鏡のように周りを映し出していましたが、ぽつぽつと雨が降り始め水面が歪み始めました。これは、水鏡の庭を眺めている人の心を表現しているのでしょう。外部からの刺激によって、心が揺り動かされる様など、この水鏡と心は重なる部分があります。

ぼこんと生み出される波紋


ぼーと水鏡の庭を眺めていると、ぼこんと音が聞こえ、見渡すと波紋が生じています。波紋がしばらくするとすーっと消えていき、先のような静寂に戻るのですが、気が付くとさっきの世界と異なっていることに気が付きます。水が変化している、それは世界が絶えず変化していることです。
 
このように、水鏡の庭には定期的に波紋を生じさせ、常に世界は変化していることを気付かせる計らいがあります。

思索空間の壁


簡素な小屋。これが思索空間です。心を表す水鏡の上に浮いているように佇んでいます。思索というものと、心というものの関係性を見出しているように思えます。心地良く孤立したこの空間では、誰にも邪魔されない思索に耽ることができます。ここで鈴木大拙館で感じ取ったものや得た知識を持って思索してみましょう。

思索空間の壁には窓のような切れ目があり、その静謐な切れ目を見ていると、固執した正解を見出すのではなく、移り変わる真理を生み出せそうな気がしてきます。
 
達磨までになると切れ目がなくとも、壁に向かって真理を追究することができるのでしょうね。

おわりに


鈴木大拙館は、従来の記念館と異なり体験型です。偉功を掲げる受け身的な記念館は各地にありますが、思索を体験する施設はなかなか無いように思います。
 
金沢市では、和菓子作りや工芸体験といったこともできますが、こちらは思索を体験することもできるとっても稀有な場所です。

鈴木大拙館
〒920-0964 石川県金沢市本多町3丁目4−20
9:30~17:00
公式HPはこちら

イサム・ノグチの蹲(つくばい)

鈴木大拙館の出入り口を向かって左側に散策路があります。そこを通ると中村記念美術館に出るのですが、その途中に「路地の庭」を外から見られる場所があります。

館内からは撮影禁止になっていたので写真は撮れませんでしたが、その庭にはイサム・ノグチの蹲があります。それはしとしとと雨に濡れ、艶やかで、たぶん黒い御影石でできたものだと思います。

館内から見たときは気が付かなかったのに、外から発見できました。視点を変えて考えるというのがなかなか出来ないんですよね。

イサム・ノグチの蹲(つくばい)

この記事を書いた人

千津

千津ライター

幼いころは何者にでもなれると思っていたのに、成人しても特に何者にもなれず、外に探すようになりました。特に目的もなくふらふらと出かけるのが基本で、旅行も付き合いで行くという主体性のなさ。そんなことを積み重ねて、自分に厚みを出そうと思っています。

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