大の海洋哺乳類好きの筆者。もちろん海の生き物全般が大好きではあるのですが、お恥ずかしながら魚の知識には乏しいのです。
そんな私が海で暮らす魚の中で最もロマンチックな魚の存在を知ったのは、バンクーバーアクアリウムで働いていたときのことでした。
実際その魚には幼少期の頃に出会っていたのですが、「ちょっと変わった面白い形の魚だなぁ」という印象しかありませんでした。そう、あのことを知るまでは……。
バンクーバーアクアリウムでエデュケーターをしていた私は、先輩たちから様々な海に関連する生物の知識を植え付けられました。その全てが新鮮で、目から鱗が落ちるような情報ばかりでした。
その中でも特に印象的だったのが、「タツノオトシゴはオスが出産する」という情報でした。あまりにも衝撃的で「タツノオトシゴ」について深く掘り下げてみると、彼らの知られざる魅力がいっぱい見えてきました。
さて、前置きはこれぐらいにして、そろそろ足を踏み入れてみましょう。いざ、タツノオトシゴワールドへ!
気になる名前の由来は?
ほとんどの魚は前後に伸びた姿勢をとっているのに対して、体を直立させ、頭部が前を向く姿勢をとるタツノオトシゴ類。
その姿が竜や馬の外見ととても良く似ていることから「竜の落とし子」や「海馬」、英語では「seahorse」などの名前がつけられたようです。
「タツノオトシゴ」は確かに魚の概念からはかけ離れた見た目ではありますが、良く見ると他の魚と同じようにエラや背ビレ、胸ビレがあります。
尾ビレはありませんが尾は長く、普段は尾を海藻やサンゴなどに巻きつけて体を固定しています。ただその体型故に泳ぐ能力には欠けているため、海が荒れると死ぬことも多いようです。
何を食べるの?
「タツノオトシゴ」の食事風景を想像してみてください。
こんなに小さくて可愛らしい生き物(体長1.5~35cm)なのだから、食べられるものなんて微細なプランクトンぐらいだと思いますよね。なんだかか弱そうだし、十分に栄養がとれる食事をしているか心配なぐらいです。
ところが実は彼らの食性はイメージとは全く違う肉食性。魚卵や小魚、甲殻類など小型の動物プランクトン等を吸い込んで捕食します。その捕食のスピードたるや圧巻の速さなんです。
獰猛な捕食者である彼らは、その小さな口先を通過するかどうか際どいサイズの甲殻類でも積極的に攻撃し、激しい吸引音とともに摂食します。
歯や胃を持たない「タツノオトシゴ」。そのためエサはその消化器官を素早く通過します。つまり彼らは生きるために、常に食べ続けていなければならないのです。
※「タツノオトシゴ」は1日に3000匹以上のアルテミアを摂取します。
「タツノオトシゴ」は海の中で最もロマンチックな魚だって知っていましたか?
もしも人間と同じように生涯同じ相手と添い遂げる魚がいると聞いたら、あなたはそれを信じることができますか? 信じがたい話ですが、「タツノオトシゴ」が見た目以上に他の魚とは大きく異なるところ、それは一夫一婦制だということです。
そう、彼らは夫婦の愛を深めるために毎朝一緒に何度もダンスをし、一生に一匹の相手とだけ交尾をします。夫婦は踊りながら色を変え、ときには尾をからませます。
その光景から連想させられるのは、人間のカップルや夫婦が手を繋いでいる姿です。
もちろん私もこの話を始めて聞いたときは半信半疑でした。ところがバンクーバーアクアリウムで働いていたときに見てしまったのです! 仲良く尾をからませるタツノオトシゴ夫婦を……。
既に子供を授かっていたその夫婦は尾をからませながら幸せそうに水槽を散歩していました。幸せオーラ全開で嫉妬してしまったほどです。もしかしたら「タツノオトシゴ」は人間なんかよりもずっとピュアでロマンチストなのかもしれません。
※写真の2匹は私がバンクーバーアクアリウムで働いていた際、ずっと見守ってきたラブラブなタツノオトシゴ夫婦です。片方の「タツノオトシゴ」のお腹がポッコリと出ているのがお分かりでしょうか?
「タツノオトシゴ」が妊娠した姿は竜でも馬でもなく、人間に良く似ていると思うのは私だけではないはずです。
出産はオスの役目って本当?
「タツノオトシゴ」が一夫一婦制という事実も面白いですが、更に驚くべきなのは出産の役目はオスが担うということです。つまり先ほどの写真でお腹がポッコリ出ていたほうがオスということになります。
どういうことかというと、オスは腹部に育児嚢(いくじのう)と呼ばれる袋を持っており、産卵の際メスは胴体の下から突き出た産卵管を使って洋ナシのような形の卵をその袋に産みつけ、オスが卵を体内で受精させます。
オスは受精卵が孵化するまで体内で持ち運び、成長した稚魚を水中に放出します。また、オスが自由に動き回る小さな稚魚を出産する頃にはメスは次の卵をしっかりと準備しており、すぐにまた交尾を行うのです。
「タツノオトシゴ」の妊娠期間は平均的に約1ヶ月(水温が温かければ更に短くなる)で、1度に平均約100匹~200匹の稚魚を出産しますが、種類によっては数千匹の稚魚を産む個体もいるのだとか。
こんな細身の体の中にそんなに沢山の命が宿っているなんて、「タツノオトシゴ」の生態は本当に不思議です。そして身ごもるオスは当然のように、子供たちの父親が自分であることをわかっているんです。
自ら産んだ子供たちですから、オスの「タツノオトシゴ」が子を想う気持ちは、人間の母親が持つそれと同じような感じなのかもしれませんね。
「タツノオトシゴ」の危機
現在知られている「タツノオトシゴ」は約40種ほどになりますが、実に個性的な見た目のものばかりです。
野生の「タツノオトシゴ」はそもそも短命(平均寿命1~5年)な上に数は減少の一途をたどっているということですが、その原因はなんなのでしょうか?
多くの「タツノオトシゴ」が暮らす海草が茂る海域は汚染や堆積の影響を受けやすいこと、今現在大きな問題になっているサンゴ礁の減少は同時に「タツノオトシゴ」の減少を意味すること、アジアにおける乱獲、水族館やペットのための捕獲……
などがあげられますが、この神秘的で美しい生き物がこの世から姿を消してしまわぬよう、私たちは彼らが暮らす海を守っていく方法を今一度真剣に考えていかなければなりません。
「タツノオトシゴ」のダンスに隠された秘密
これはバンクーバーアクアリウムで「タツノオトシゴ」にスポットを当てたトークショーを聞いていたときにゲットした、これまた衝撃的な真実です。
先ほど「タツノオトシゴ」のオスとメスは毎朝一緒に何度もダンスをすると書きましたが、なんとダンスのあとは人間がお互い違う職場に出勤するように、お互い別々の行動を取るようです。
つまり日中は離れて暮らしているということになります。すごいのは果てしなく広い海に暮らしていてもちろん時計もないのに、次の朝にはまたお互い必ず再会してダンスを繰り広げるという点です。
そのタイミングはパートナーどうしがシンクロしているのではないかといわれています。ますます「タツノオトシゴ」が羨ましいです。私にも「タツノオトシゴ」のような恋のロマンスが訪れますように!