ビールばかり飲んでいると太鼓腹になってしまう。更にアメリカの料理は量が多いのだ。と言う事で、今回はテキーラ。強いお酒なので当然身体もぽっかぽかになるのだが、ついでに少しだけ心も温められるそんなバーへ。
ブルックリン、コブルヒルの一角にそのバーはある。
その日の私は、無くした携帯の再発行やら、運転免許証の取得やらと彼方此方へと駆け回り、疲労困憊であった。
ようやく4月である。ようやくNYの長い冬が終わり暑くなってきた。いきなり気温が27度の日も出てきたりする為、半袖の人、ノースリーブの人、そして、風邪をひいてダウンジャケットを着こんでいる人までちらほらしている始末である。
疲れと暑さ。こんな日はきゅっとした喉越しのアイツが欲しくなる。酒はねえが~酒はねえが~と探してみるも、時間はまだ3時。土日はお昼過ぎから空いている店も多いのだが、平日は4時か5時からがバーのオープンする時間である。
そして、私はあるバーを見つけた。
名前は、バー・サンミゲル(BAR SAN MIGUEL)
BARと看板に名前が書いてあるぐらいだ。酒が出てこない筈がない。
カラン……。ドアを空けると水色に塗られた壁が目に入る。内装は昔ながらのこぢんまり感と清潔感を合わせたような感じである。
ここ座ってもいい?とカウンターを指差し聞く。「モチロンだよ。」ソファーに腰を掛けていた人たちの中から、バーテンダーらしき男性がカウンターに入る。
うん? 生ビールが見当たらない。生ビールが飲みたいのに……。聞くと今は缶と瓶しかないという。バーじゃないのか?と心の中で突っ込みを入れながらぐびり。これはこれで旨い。
ようやく辿り着いた酒を味わっている途中、何度も二人のバーテンダーが入れ替わり立ち替わり、「問題ない?」「なんかあったら直ぐ言ってね」と声をかけてくれる。
バーテンダーと言えども、店によって様々である。暇な時間はスマホを弄っている人も多い。そんな中、大分フレンドリーなバーで有る。ぐびり。
え? 何いきなり!?
突然バタンとドアが開き、20代後半だろうか? 女性が泣き喚きながら入ってきた。
「もう信じられない。ヒック、昨日、バイトのお金沢山もらったんだけど、ヒック、それを全部無くして、ヒック。もう最低。もうちょっと私……、いろんなことがパニックで……。」
類は同じバーを選ぶ……では無く、全くの偶然。バーテンダーや店にいたほかのスタッフが、「まぁまぁ、とにかく、ちょっと落ち着いて……」と言って一旦店の奥のテラスに彼女を連れて行こうとする。がしかし伝えるという目的を果たした事ですっかり満足したのだろうか、彼女はすぐ泣き止んだ。喚いてた割に早くない?
そして、次の瞬間には笑いながら「ありがとーじゃあねー」とさっさと店のドアから去っていった。え? 飲まないの? だけじゃなく、ウソ泣きじゃないか。彼女の頬に涙の後すらなかったのは、私の横を通り過ぎた時に確認済みだ。
出て行ったドアをじーっと見つめ、バーテンダーが「ハ―――――ッ」と深く長いため息をつく。そこに居た皆の気持ちは同じだ。彼がハッと気を取り直し、私の方に来る。「ごめん、ごめんね、そうだ。何か追加で飲む?」
そう。茶番が繰り広げられている間、私のビールは空になってしまっていた、暇なので私はカウンターの酒を見ていたのだが、ある事に気が付いた。置いてある酒は全てテキーラテキーラテキーラ!!!である。
念のため聞いてみる。まぁ100%そうだろうけども。
「もしかして、ここはテキーラバーですか?」
バーテンダーが笑いながら、「え? 知らなかったの? そうだよ。飲みたいのある? 好きなタイプの味とか言ってみて」と私に言う。
「辛くて、きりっとしたやつ。」
すると、彼は「じゃあ、これちょっと試して飲んでみて。」と試飲させてくれた。出してくれた酒は、きりっとしてドライなホワイトテキーラ。旨い。旨い。頼む。
因みにNYでは多くのビアバーでティスティングが出来る。これはびっくりする位ビールの種類が多いせいだろうが、テキーラの試飲ができるというのには驚いた。
夕方になり、人が増えてきた。
すると、近所の人が入ってきた。忙しいな。
「こないださぁ、こんなことがあってさあ……。じゃあねー、今買い物の途中だからまた来るわ。」この下町感! なんでみんな飲んでいかないの?という突っ込みは心の中にそっとしまうも、なんともフレンドリーなバーで有る。
彼らが帰ると直ぐにカップルの旅行者2組が入ってきた。20代から30代の間と言ったお年頃な感じ。「ビール! ビール!」「私も同じの!」
わいわいとビールを飲みながら、彼女の1人が前置き無しにバーテンダーに話しかける。「正直結婚ってどう思う?」
なるほど、彼らは結婚していないのか。横に彼氏がいるには大胆発言である。
バーテンダーが軽くこなす。「僕もね、フィアンセがいるんだけど、今度結婚するんだよ。これってタイミングだよね。要はお互いの気持ちじゃないかな。」
彼氏は……と目をやると。アーめんどくさい話!と言った感じでそろーりと携帯に手を伸ばす。
暫く飲んだ後に、彼らは出て行ってしまったので、私も軽く相談をすることにした。
「NYに来てね、半年ぐらいなんだけどなかなか友達や知り合いが増えないんですよ。どうするべき?」彼は笑いながら言う。「バーに来なよ。それが近道。」いや、本当にそうなんだけども。
その日はホワイトテキーラをプラスで2杯。少し千鳥足になりつつ店を出る。
当然、次に行ったときは覚えていてくれた。そんな心温まるバーに是非。