動物園に1人で行く日があってもいい。家族や友人、恋人。誰に干渉されることなく、ただひたすら虚心に目の前の動物と対峙する。するとどうだろう、いつもは見えなかった動物たちの意外な一面が見えてくる。今回は都立動物園、井の頭自然文化園を単身訪れた。いざ、探索開始!
早速、お一人様には難関が
まず井の頭自然文化園を訪れる際に注意しなければならないのは、最寄り駅。
京王井の頭線の駅には、井の頭公園駅なるものが存在するが、お目当ての動物園は吉祥寺駅が最寄りなのである。また、ちゃんと吉祥寺駅で降りられた場合も油断は禁物。吉祥寺には「吉祥寺サンロード商店街」と「吉祥寺ダイヤ街」という2つの誘惑が存在していて、ここでうっかり時間をかけ過ぎると、動物園が閉園してしまう。
実際、筆者は水生物園に行く時間を逃した。ただ、塚田蒲鉾店の「吉祥寺揚げ」は長崎のハトシに似た味で、美味だったので後悔はしていない。
駅前の誘惑を抜けて、動物園のエントランスに到着すると、まず第一関門。井の頭自然文化園には自動券売機が無いので、窓口で直接チケットを買わなければならない。
運悪く、私の前にいたのは家族連れ。彼らに続いて「大人1人です……」とか細い声でチケットを所望すると、受付嬢は至って柔和な顔でチケットを渡してくれた。入園1つで、こんなにも緊張するとは。チケットを入り口でもぎってもらうときに、ふれあいができるモルモットコーナーを勧められたが、謎の笑みを浮かべることしかできなかった。
動物園に入ってまず迎えてくれるのは動物、ではなく「天女の舞」なるオブジェ。長崎の平和祈念像を制作した北村西望のアトリエもある園内には、このようなオブジェが点在している。伊達に井の頭自然「文化」園を名乗っていない。
こちらが件のモルモットコーナー。平日にも関わらず、子どもたちで賑わう。とても混ざりに行ける雰囲気ではなかったので通過。またの機会に。
ペンギンを見て、1人を感じる
モルモットコーナーのすぐ裏はペンギンたちのお家。お昼過ぎなせいか、眠たそう。
ランドマークタワーが再現された野毛山動物園や、岩場になっている葛西臨海水族園と比べると、シンプルな住環境。ペンギンたちが、写真左の、水中から伸びたスロープをお腹で這い上ってくる姿がたまらない。が、シャッターチャンスを逃してしまった。
カメラを向けると絶妙なタイミングで、視線を外してくる。サービス精神はあまり無いようだ。
水中も気持ちよさそうに泳ぐペンギンたちを見ていて、ふと水面に写った自分の影に気が付く。こちらを見上げてきたペンギンと視線が合うと、急に孤独感が募ってきたので退散。
午睡をむさぼる動物たち
次に現れたのはヤギたちの住居。その気になれば飛び越えてこれそうな程、柵が低い。木材を積み上げた橋の上の2匹は、何やら口の中でぐちゃぐちゃさせながら、こちらを見つめてくる。ヤギと見つめあった状態で、しばし沈黙が続く。
こちらではヤギとチャイニーズポットベリーというブタが共生している。寮生活をした経験がある筆者はこれを見て、いたく感激してしまった。何故かって、それはブーブー(文句)を言わずに生活しているから。ブタだけにね。
檻の片隅でのほほんと丸くなっているのはカモシカ。日当たりが良くて気持ちよさそう。広い檻に1頭しかいなかったせいか、妙な親近感が湧く。
孤高なカモシカとは違ってこちらのシカたちは広いケージの中、わざわざ1か所に集まって、肩ではなくお尻を寄せ合い日光浴の真っ最中。コンクリートより砂場の方が暖かいのだろうか? 私も仲間に混ざりたい。1人だし。
続いては、人気者のカピバラ。ケージに体をピタッと張り付けてお休み中。くてーっとだらしなく伸びた姿に卒倒しそう。
別アングルからもパシャリ。呼吸に合わせて背中が微かに上下するのがなんとも言えない。この姿に、今まで何人がやられてきたのだろうか。
奥でも、もうお一方お休みになられていました。
コウモリと鳥たちのマリアージュ
おわかりいただけただろうか。写真手前に写っているのは、鳥。右側に写る2つの影はコウモリだ。自然界では普通かもしれないけど、こうして動物園でシェアハウスしているのは珍しい気がする。暗闇ではなく、蛍光灯のついた部屋で飼育されるコウモリを見るのもレアかも。
部屋の中を覗いてみると、微動だにしないアオバズクが黄色と黒のまあるい目でこちらをじっと見てくる。しばらく私も我を忘れて、ガラスにかじりついたまま、ミミズクとのにらめっこに興じる。私は1人で何をやっているのだろうか。後ろで大学生のアベックが足早に通り過ぎるのを聞いた。
細い目を閉じて眠っているのはホンドテンだ。広い巣箱でわざわざ、狭い方の仕切りに挟まるように寝そべっているのが愛らしい。夢を見ているのか時折、体を揺らす。顔は、まだまだ冬の白い毛でおおわれている。
こちらのホンドテンは若干、体が夏の体毛に生え変わり始めているように見えた。ホンドテンは午前より、午後の方が活発に行動するとのこと。
精悍な顔つきで岩場の上にたたずむのはアカギツネ。檻の中といえど、風格が漂う。
隣のタヌキの部屋の方を向いて、何やら思案顔。因縁でもあるのだろうか、色々想像が膨らむ。
そしてこちらが、キツネの隣人タヌキ。キツネとは真逆で丸まって寝ている。もはやどこが顔なのか判別がつかない。
そろそろ折り返し地点、と思いきやなぜか突然のキノコ。恐らくオブジェクトの類とは無関係と思われるが、夕日が後光のようにさして、なんだか神々しい。
写真に写っているのはアナグマだが、この時は地上でお休み中。ベストな首の位置が定まらないらしく、2匹なかなか寝付けないでモゾモゾしているのがかわいらしい。
こちらのアナグマは上手いこと眠りにつけたようだ。
ゾウの「はな子」のお家は今、どうなっている?
昨年5月、井の頭自然文化園の人気者、ゾウのはな子が69歳で亡くなった。来園者には、はな子のファンも多く、多くの人々が悲しんだ。上の写真の通り、はな子の住んでいたゾウ舎は残されている。
ゾウ舎の外壁には、大きなはな子のパネルが。「ただいまの時間「はな子」は、お部屋で見られます」と書かれた看板もそのままに。ゾウ舎の中に入ると、はな子を慕った人々の寄せ書きや似顔絵、お花が手向けられていた。
はな子のいないゾウ舎に向かって、無人の長椅子が静かに並ぶ。風で草木が揺れる音だけが響いていた。言いようのない寂寥感が漂う。
スポーツランド
園内にある「スポーツランド」とは、すなわちミニ遊園地のこと。新幹線やスカイバスケットなどレトロな乗り物が目白押し。上野動物園に併設された子ども遊園地が無くなってしまったことを考えると、貴重な空間だ。
子供向けの新幹線と侮ることなかれ。ゴトゴトという軽快な音とともに、なかなかのスピードでレールの上を疾走する。普通新幹線にはパラソルなんてつかないけれど、そこはご愛敬。出発のジリジリという音は、あまりの懐かしさに涙を誘う。
その他の動物たち
動物園の定番と言えば、サル山。アカゲザルたちたちが夕日を浴びで心地よさそうにしていた。
とはいえ、サルもみんながみんな外で遊ぶのを好んでいるわけではない。サル山脇の薄暗い部屋の中で戯れるインドア派の方々もいらっしゃった。みんな違ってみんないい、の論理はサル山でも健在だ。
そしてこちらは人間の展示小屋、という訳ではなく、ウォークスルータイプのリスケージ。間近でリスを観察できる、井の頭自然文化園随一のスリリングなスポットだ。
ふと気が付くと、目と鼻の先にリスが! 小さく刻まれた果物を、両のお手てでしっかり握りしめながら、無心でガシガシ頬張る姿は小さいながらも貫禄たっぷり。思わず見とれてしまう。閉鎖的な分、リスだけでなく仲睦まじげなカップルとの物理的距離も近くなってしまうのが難点。
国内では9か所の動物園でしか飼育されていないという、レア動物ツシマヤマネコ。非常にすばしっこいので、なかなか写真に写らず。ぜひ現地に足を運んで、ご自分の目で見てみて!
こちらは砂漠に生息するキツネの仲間のフェネック。私が訪れた時はちょうどお水を飲んでいる最中。まるでどこかの砂漠にあるオアシスへやってきたかのよう。
夕日に照らされながら、どこか遠くを見ている。はるか海の向こうにある、生まれ故郷に思いをはせているのだろうか。
目を細めた時の顔は、確かにキツネそっくり。
妙に姿勢良く佇むのは、ネズミの仲間のマーラ。檻の中から、もの静かにこちらを見つめてくる。うーん、ゆるい。
バケツを持った飼育員さんが撒いたご飯に駆け寄るマーラたち。人間に見られてることなんてお構いなしだ。静かな平日の夕方の動物園に、マーラたちがリンゴをカリカリカリカリ齧る音だけが響く。そんなマーラを見ていると、リンゴが段々美味しそうに見えてきた。
撒かれたリンゴと人参のうち、2匹ともリンゴから手を付けだすのが面白い。両足を用いずに、口でリンゴを地面に押し付けるようにしながら絶妙に不器用に食べる。なんだか面白いので10分程、マーラの檻の前で足を止めていた。
マーラたちはあらかたリンゴを平らげてしまうと残りの人参は無視。ほとんど手を付けようとしない。どうやら彼らにも好き嫌いがあるらしい。そんな一面も含め、マーラいいなぁ。
帰る前に再びカピバラの檻の前を通りかかると、起き上がってモゾモゾ動いていた。マイペースで大変よろしい。