NYに来て間もない頃、右も左も解らずにふらふらと迷い込んだbarがある。
何となしに気持ちが誘われてふらっとbarに迷い込むって、ココロの隙間をドーンするって言う有名な漫画みたい。
ラッキーなことにホラーもオカルトも無かったけど、こういう時にこそ面白いバーは見つかったりするもので……。
一見普通のバーのようだ。いや、むしろ何の変哲もない。
グリニッジビレッジにある、このバー。普通にテレビでスポーツ中継もやっているし、常連さんも普通に飲んでいる。おしゃれな感じのオープンテラスもある。
いつもと同じ、ビールのセレクションは……。特に変わっていない。こだわりがあるわけでもなさそうだ。
では、いつもの如く、IPAを頼むとしよう。一杯を飲み終わり、もう一杯を頼む。うん。苦み走るIPA。旨い。
さてここNYではこだわりのビールを出すバーとそうでないバーが完全にはっきりしている。
そもそもこだわりのビールは料金も味も全然違う為、店を選ぶ時ににビールに重点を置くか、店の雰囲気を求めるのかで迷ってしまう。
更に中には特に雰囲気が面白いわけでもないが、ビールにもこだわって居ないそんな店も沢山ある。
そして賑わっているからって、味に全く関係ないのがNYだ。残念ながらレストラン然り。逆に賑わうはずの時間に誰もいないところって……実はそんな店もある。
以前に一度挑戦したことがあるが、びっくりする程まずかった。いやいや、吞兵衛は世界共通。要は飲めればいいんだよ。飲めれば。
正直こだわりのビールを出すところを探すのはちょっと大変、だって、バーの量が半端ない。日本で旨い日本酒を扱っている店を探すのと同じぐらい骨が折れる。
それ故に見つけた時の嬉しさもひとしおではあるものの……。
言い訳を自分にする。ここは、雰囲気だから。等、誰にも聞かれていないのだが……。
はてさて、何かが変ですぞ。
カウンターにいた客が、奥のグレーのカーテンに入って戻ってこなかったり、暫くすると戻ってきたりと不思議なことに。
店内にはそれらしきアナウンスも表示も何もない。前に来た時も特になかった。もしかしたら混んでる日とそうでない日で違うのかもしれない。
色もグレー。なんか倉庫でもあるみたいな仕切り。気になったのでバーテンに聞いてみた。
「あれ、何ですか?」
「あ、あそこはね、コメディショーやってるの。見たかったら行ってきてみなよ。」コメディショー?
「今頼んだビールがあるんだけど、これは飲んでから行った方がいいんですか?」
「いいよ。それで、お酒持ってていいよ。」
カーテンをくぐるとそこは別世界への入り口だった。
中に入ると、これはこれはレトロなコメディショーの会場がある。そして、数人のコメディアンが入れ替わり立ち替わり、ステージへと上がっていた。
レトロでかっこいいじゃないか。
コメディバーはたまにある。混んでいる時間は切符を切って居る人がいる。あれ? 今日は居なかった。恐らく練習中であろう。好きな席に座ればいいだけ。
隅っこに座り、コメディを聞く。面白いのもあれば、愚痴みたいなのもある。1人当たりの持ち時間は大体10分程度。そして、終わるとほかの人にスイッチするシステムの様だ。
私に気が付いた今ショーを終えたばかりのコメディアンの一人が、「もっと前に座ってよ」と誘ってくれた。いや、隅っこが好きなんだ。もごもご。振られても困るんだ。もごもご。
私はここが好きと頬えみながら伝え、引き続きショーを楽しむ。
さて以前行った、ほかの場所のコメディバー。ステージのコメディアンが客を弄る。驚くほどに客の切り返しも素晴らしく上手で、やりとりに会場の全員が笑ったものだ。
だが、そこはステージがきっちりと決まっていて、ちょっとふらふら飲みに抜け出せない感じ。
比べてここ。ふらっと飲み物を頼みに戻ったりしても全く問題なさそう。と思わせるほど、こじんまりとしているのだ。
だが、笑いながら辺りを見渡すと皆笑っている。笑いながらお酒を飲んで。これはこれはなんとまた幸せな空間である。当然だが手持ちの酒が無くなると、現実世界へのカーテンをくぐり、ビールをバーで注文する。
マンハッタンのこのバー。緊張のないこの感じが堪らない。