“思いっきりシャチについて語りたいなぁ。”そう思っていた私にまたとないチャンスが訪れたのは、ちょうど1カ月前のことでした。
「鴨川シーワールドについての記事を書きたいです。」そうTRIP’S編集部に提案したところ、「”シャチが好きすぎるのでシャチへの愛を語らせてください”というタイトルで執筆してみてはどうですか?」と編集長。えっ? いいんですか?
そうと決まれば早速鴨川シーワールドへ行きシャチを撮影。せっかくなので、編集長が私にこの企画を提案したことを後悔するぐらいの熱量で語らせていただこうかと思っております。それでは皆様、準備はできましたか?
いざ、”冥界よりの魔物(シャチの学名和訳)”の世界へ、あなたを誘います。
私とシャチとの出会い
私には、大人になった今でもつい昨日のことのように鮮明に覚えている、幼い頃の記憶があります。
私が小学生の頃、実は日本でも空前のイルカ・クジラブームがありました。翻訳家でありセラピストでもある私の父が、世界的に有名な脳科学者の本を翻訳したのも、ちょうどその頃でした。
彼の名は「ジョン・C・リリー」。彼は脳科学者であると同時に、イルカの研究家でもありました。そんな彼が私の家に遊びに来たのは、私が7歳の時でした。彼の母国語は英語。1994年に日本で行われた国際イルカ・クジラ会議のプレイベントに参加するために来日した彼と、どうやってコミュニケーションを取ったのかは分かりません。
ただ彼が必死にイルカの魅力を私に伝えようとしていたこと、そんな彼の話にどんどん引き込まれていく自分がいたことを、今でもはっきりと覚えています。そしてこの出会いは運命以外のなにものでもないと、私は信じています。
彼と出会って以来、私の幼少期はイルカやクジラの研究のことで頭がいっぱいでした。暇さえあれば水族館へ足を運び、イルカ・クジラ図鑑を読み漁る日々。そんな私が第2の運命的な出会いを果たしたのは、ジョン・C・リリー氏と出会ってから数年後のことでした。
「フリー・ウィリー」という映画を見て、始めてシャチの存在を知りました。そのあまりにも美しい動物を見た瞬間、例えそれが映像の中で動く姿であっても、ビビビと来るものがありました。一目惚れという言葉が的確でしょうか。
「フリー・ウィリー」は両親に捨てられた孤独な少年と、家族と引き離され水族館に暮らす孤独なシャチとの心の交流を描いた物語です。私はこの映画をきっかけにシャチを好きになったので、シャチに獰猛なイメージというのを持ったことがありませんでしたが、この映画が公開されるまで、シャチは獰猛で恐ろしい動物として人々から恐れられていました。
シャチのマイナスイメージをガラッと変えたこの映画は、様々なムーヴメントを引き起こしました。この映画の主役である1頭のシャチが、世界中の子供達の心を虜にしたのは、有名な話です。
幸いにも日本には、当時からシャチを飼育している水族館がありました。始めて実物のシャチを見たのは、「鴨川シーワールド」でした。この世のものとは思えないぐらいに美しく、優雅にプールを泳ぐ彼らの姿は例え人間の飼育下にあっても、愛らしいイルカたちの雰囲気とは違い、海の王者の風格を漂わせていました。
日本では数少ないシャチに関する資料や文献をかき集めて読んだところ、どうやらカナダのバンクーバーには沢山のシャチが住んでいて、研究も進んでいるという情報が得られました。
“大人になったら絶対にカナダに行って野生のシャチを見るんだ”そう心に決めました。
シャチが魅力的な理由
シャチってどういう動物なの?
もちろんイルカやクジラも大好きな筆者ですが、どうしてシャチが特別なのか、ご説明しましょう。
社会的な生活を営むイルカやシャチは人間にほど近い動物であると言われていますが、シャチの家族の絆は実はとても強いのです。それぞれの群れは独自の方言を持ち、その方言は親から子へと代々受け継がれていきます。
シャチのオスは非常に大きな体を持ちながらも、母親が死ぬと寂しくて死んでしまうこともあるのだとか。強そうな見た目からは想像できないその心の繊細さに胸がキュンとしてしまいます。
さらに未だ凶暴なイメージが拭い去れないシャチですが、野生のシャチが意図的に人間を襲ったという記録はありません。恐らく彼らは人間を襲うとどうなるか、想像力を働かせることができるのでしょう。
水族館では度々シャチがトレーナーを襲ったというアクシデントが起こっていますが、実はシャチはじゃれているつもりだったとか、人間の飼育下にいることへのストレスだとか色々言われています。真実はシャチのみぞ知るですが、いずれにせよシャチは人間がコントロールできるような領域にいる動物ではありません。
これは個人的な見解なのですが、シャチは私たち人間の頭脳を遥かに凌ぐ賢い頭脳を持っており(実際シャチの脳は人間の脳の4倍)、もはや私たちと同じフィールドで生きてはいないのだろうと思います。
その証拠に、狩りの方法もかなり頭脳派です。なんせ自分たちより遥かに体の大きなクジラや獰猛なサメを捕食してしまうのですから、相当なチームワークと高度な狩りの技術が必要です。
シャチにもさまざまなタイプがあるって知っていましたか?
カナダのバンクーバー島の研究により、シャチの群れにもいくつかのタイプがあることが分かりました。定住型(レジデント)、回遊型(トランジェント)、沖合い型(オフショア)の3タイプの個体群は、それぞれ群れの規模や食性、性格などが大きく異なっており、遺伝子的レベルで大きな違いがあるとのこと。
実は私が数年前まで年1で通っていたシャチ好きの集まり(団体名は伏せさせていただきます)で、シャチが好きすぎて主にアザラシやイルカなどの海獣類を捕らえて食べるトランジェントの群れに飛び込んだ男性の話を聞いたことがあります。
彼はシャチと一体化するには食べられるしかないと思ったようで、思い切った行動に出たようですが、残念ながらシャチが彼に興味を示すことはなかったようです。
※私のシャチ好きはそういった危ない方面にはいっていないので、ご安心ください。
白と黒のコントラストがたまらない
個人的にシャチの見た目も相当好きです。よーく見てください、このくっきりとした白と黒のコントラストを。
元々この色の組み合わせが好きだったのか、シャチが好きだからこの色の組み合わせが好きになったのかは分かりかねますが、私は無意識に自分のファッションにも、この白と黒のコントラストを取り入れてしまっています。
ちなみに背ビレの下にあるサドル・パッチという白い模様や、目の横にあるアイ・パッチという白い模様は、個体識別に役立っています。
尾ビレまで愛おしいです。
ケイコとスプリンガー
※写真はケイコとスプリンガーではありません。
シャチを語るならば外せないのがこの2頭。まずは映画「フリー・ウィリー」の主役、ケイコのストーリーをご紹介しましょう。「フリー・ウィリー」でケイコ扮するウィリーが海に還り、自由を手にするラストシーンは感動的ですが、あくまでもこれはフィクションです。
ところがこの物語がノンフィクションになってしまったのです。「映画でウィリーは海に還ったのに、どうしてケイコは水族館にいるの?」世界中から寄せられた人々の声や寄付金により、ケイコは故郷の海に還っていきました。一見感動的なストーリーのように思えますが、ケイコは長い間人間の飼育下にいたシャチでした。
彼は人間が大好きで、海に放たれた後もシャチの群れに馴染むことはなく、最終的には人間と共に生きることを選びました。そんなケイコの想いは虚しく、ケイコ・プロジェクトを成功させるために人々と引き離されたケイコは、野生に戻ることなく死んでしまいました。
※写真はケイコとスプリンガーではありません。
一方のスプリンガーはアメリカのピージット湾(シアトル近く)で発見された迷子の野生のシャチでした。カナダ北部の群れに所属する当時2歳のメス、スプリンガーは発見当初ガリガリに痩せており、皮膚炎も煩っていました。
発見され、身元も判明したはいいものの、これからスプリンガーをどうすべきか、人々は意見を交わしました。そうこうしているうちにスプリンガーは自分で上手に魚を捕ることができるようになり、栄養状態も回復してどんどん活発になっていきました。
やがて人々が最終的に下した決断は、スプリンガーを故郷の海に還すということでした。1年以上群れから離れていた子シャチを群れの仲間たちが憶えてくれているのか?という懸念もありましたが、シャチは仲間同士の絆が強い動物です。そこはもうスプリンガーの仲間たちを信じるしかありません。
このプロジェクトはカナダとアメリカ2か国に渡る壮大なプロジェクトでしたが、政府にマスコミに専門家に地元の人々など、沢山の人がこの1頭の子シャチを救うために立ち上がりました。人間の手によってアメリカからカナダに還ってきたスプリンガーは、ハンソン島のこれまた人に造られたいけすの中で仲間を待ちました。
実は母親を亡くしていたスプリンガー。それでも彼女は孤独になることはなく、親戚の群れを見つけ、やがて母になりました。
※写真はケイコとスプリンガーではありません。
この2つの物語に大きな違いがあるのがお分かりでしょうか? なぜケイコを野生に戻すプロジェトは失敗に終わり、スプリンガーは無事故郷の海に還ることができたのか。両方とも人間が手を施した野生のシャチであることに変わりはありません。
ただケイコがスプリンガーと同じ2歳の頃から長年人間と共に暮らしたシャチであるのに対して、スプリンガーが人間と共にいた時間は遥かに短かったのです。この両者のストーリーを比較すると、長年人間の飼育下にいるシャチ(シャチだけではなく動物全般)を野生に戻すのがいかに困難であるかということが良く分かります。
時が流れ、ケイコの物語は風化していきます。だからこそ今私は彼の物語を1人でも多くの人に伝えたいと思います。ノルウェーのハルサ村にはケイコの石塚があります。私は生前ケイコに会うことができなったので、この墓地を訪れてケイコに伝えたいことがあります。
「大好きだったよ。私に沢山の夢を与えてくれてありがとう」と。
そして出会った、運命のクジラ
シャチの聖地であるカナダのバンクーバーに留学し、憧れのバンクーバーアクアリウムで働くチャンスを得た私に、さらなる人生の転機が訪れました。運命のクジラ、チェスターとの出会いは、私のクジラやシャチ好きをより加速させました。
オキゴンドウという種類のこのクジラの英名は「False killer Whale」=”シャチモドキ”。ちなみにシャチの英名は「Killer Whale」=”殺し屋クジラ”。名前通りオキゴンドウはシャチと近縁という説があります。
私がバンドウイルカやカマイルカなどのポピュラーなイルカよりもオキゴンドウに強く惹かれるのは、恐らく彼らがよりシャチに近い存在だからなのでしょう。彼と私との間には間違いなく友情が芽生え、毎日日が暮れるまで一緒に遊んでいました。
私が日本に帰国する前日、胸が張り裂けそうな思いで彼の水槽を後にすると、私の姿が消えるまでずっとこっちを見つめていた彼の表情は、どこか寂しげでした。まるで全てを悟ったかのように私の後ろ姿を見送る彼に、必ず戻ってくると約束しました。今でもチェスターのことを考えない日は1日もありません。
やっと辿り着いたアラート・ベイ
以前TRIP’Sの記事でも軽く触れさせていただきましたが、「HOME OF THE KILLER WHALE」という看板が掲げられたカナダのアラート・ベイ(コーモラント島)周辺で野生のシャチを見た時は、鳥肌が立ちました。子供の頃からの夢が叶った瞬間でした。遠い昔図鑑で見た景色が目の前に広がっていて、まるで幻のようでした。
シャチは神聖な動物なんだと、つくづく思いました。「フリー・ウィリー」で見たような少年に懐くシャチの愛らしい姿も愛おしいけれど、やはりシャチには大海原が似合います。もっともっと彼らのことを知りたい。一度は海洋生物学者の道を諦めた私が、再びシャチの研究に携わる道を目指し始めたのは、この時からでした。
ダイナミックな「鴨川シーワールド」のシャチショーは必見
ここまで私のシャチ好きについてかなりディープに語ってしまったので、ここでお口直し。
何はともあれ、私たち日本人はラッキーです。なんせ水族館でシャチを見ることができるんですから! シャチを人間の飼育下に置くことに賛成か反対かは別として……。それについて語るとさらに長文になってしまいますので、今回は辞めておきます。
それにしてもこんなに至近距離でシャチを見ることができる「鴨川シーワールド」は、私のようなシャチ好きの人の心を満たしてくれる、なんともありがたい存在であることに間違いありません。
「鴨川シーワールド」のシャチショーはかなりダイナミックです。
トレーナーさんとの息もピッタリ!
コンビネーショジャンプもすごい! お姉さん、どこまで飛んでっちゃうの?
ちなみに私は「鴨川シーワールド」へ行くと、開園から閉園までご飯を食べるとき以外シャチの水槽前から動くことができません。せっかく大きい水族館なので他の動物も見てみたいのですが、シャチがあまりにも魅力的なせいで困ってしまいます……。
シャチの色んな表情をカメラに収めてニヤニヤしている私はまるで変態ですが、辞められません。皆さんもシャチの魅力に憑りつかれた際は、是非私にご一報ください。それともし興味があれば、シャチの鳴き声も聴いてみてください。シャチの鳴き声って、癒し効果抜群なんですよ!
シャチとイルカの違い
良く友人から「シャチとイルカの違いが分からない」と言われるので、最後にその違いを軽く説明してから締めくくりたいと思います。こちらの写真がシャチ。
こちらがイルカです。そう、説明するまでもなく見た目がかなり違います。チンパンジーと人間ぐらい違います。サイズも違いますね。もはやなぜ違いが分からないのか分からないです笑。
※ちなみに明確な大きさの定義はありませんが、4m以下のものが「イルカ」、それ以上のものが「クジラ」と呼ばれています。ただし、この境目は非常に曖昧です。シャチの平均体長はオスで5.8~6.7m、メスで4.9~5.8m程度ですから、英名が「Killer Whale」となっているんですね。
無類のシャチ好きの筆者はシャチの聖地カナダに一刻も早く帰るべく、日々奮闘しております。皆様の応援が励みになります。応援よろしくお願い致します!