チュニジアツアー再開!ゆるいイスラム教国家の魅力

世界の情勢が目まぐるしく変化し、いつどこで何がおこるか誰も予想できない時代。チュニジアもそんな世界の不安定な波にのまれ痛ましい事件以後、観光客がまったく来ない時期がありました。

 

私が最初に訪れたのはもう15年くらい昔のこと。いつかまた訪れたい!と思っていたら願いが叶いツアーが再開され、チュニジアの地を踏むことになりました!
モザイクの国と称されるチュニジアの魅力をご紹介します!

地中海世界の一つ チュニジア

北アフリカに位置しモロッコやエジプトと同じくイスラムの国。

しかし地図をよく見てみましょう。国の北と東は地中海に面していてすぐ上はシチリア島、そしてイタリア半島につながり、ヨーロッパとの距離がとても近いのです。

 

スペインやイタリア、ギリシャなどの地中海文明の一部を担っていて、昔から人々が地中海を往来し文化の交流を図ってきました。

1956年まではフランスの支配下におかれていたということもあり街中ではフランス語が通じ、子供たちは小学校でフランス語を学ぶそうです。

 

お酒の制限も他のイスラムの国に比べるとかなりゆるく観光客の私たちは普通にお酒を楽しむことができます(一部レストランにはお酒がなかったりスーパーにはお酒はありませんが……)。

 

そしてイスラム教の国なのに首都チュニスの中心部には立派なカトリックの大聖堂もあります。写真はフランスの統治時代に造られたサン・ヴァンサン・ド・ポール大聖堂。

大通りにはオープンカフェもありヨーロッパ的な雰囲気を残しています。

チュニジアンブルーの世界 シディ・ブ・サイド

シティブサイド

 

地中海の海に面しているチュニジア。ということでイメージカラーはブルー! そのチュニジアンブルーを堪能するなら首都チュニスから30分ほどで行けるシディ・ブ・サイドがお薦めです。

 

現在は芸術家も多く住み、個人客向けの小さなホテルもあるので写真を撮ったり絵をゆっくり描きたいという方は滞在するのもいいですね。

高台の上に作られており、見晴らし台からは地中海が一望できます。

白壁と芸術的なこのブルーの扉。

一つ一つ違っていて全て写真の被写体になるくらい素敵です。

ここの名物はなんといってもこの鳥かご。針金のような物で作られておりサイズは大小様々。世界一幸せな鳥かごとも言われているようでお部屋のインテリアにもなりますね。

ローマよりも古いフェニキア人の遺跡

皆さんはフェニキア人ってご存知ですか?

ヨーロッパを旅していると水道橋や闘技場、浴場など巨大な建築物を造り今でもその遺跡を見ることができますが、ほとんどがローマ人によるものですよね。実はこのチュニジアにはそのローマ人以前の古い遺跡も見ることができるのです。

それがフェニキア人の遺跡「カルタゴ」と「ケルクアン」。

こちらは地中海に面したカルタゴの遺跡。

フェニキア人の街の上にローマ人が覆いかぶせるように街を造ったので、フェニキア時代のものは埋もれてしまっています。

 

写真はローマ時代のアントニウスの浴場跡。

地中海の覇権をめぐりフェニキア人とローマ人はあの有名なポエニ戦争を3回行いました。2回目の時にはカルタゴの英雄として知られるハンニバルがゾウの部隊を率いてアルプスを越えローマに奇襲攻撃をしたというお話が有名ですよね。ちなみにチュニジアの紙幣5ディナールにはハンニバルが描かれています。

 

あと一歩の所でローマに負けてしまったフェニキア。しかし負けるたびに復活をし3回もローマと戦ったのです。なんとか勝利をつかんだローマは二度とフェニキア人のカルタゴが復活しないようこの街に火をつけ、全てを灰にしたのです。その上にローマの街を作りました。

 

こんな壮絶な歴史を思い浮かべながらこの遺跡を見ると民族の栄枯盛衰を肌で感じます。

こちらは地中海に面したケルクアンの遺跡。これはフェニキア人の遺跡。

フェニキア人の遺跡はローマに徹底的に破壊されてしまったので、遺跡が残っているのは珍しいのです。

 

柱や壁など残されておらず建物の土台のみしか残されていませんが、きちんとした都市計画にもとづいて街が作られていたということがわかりとても貴重な遺跡になっています。もちろん世界遺産。

 

フェニキア人は海洋民族なので遺跡は海に面し物資を積み下ろしした港跡も残っています。ローマ人より前にすでに都市計画をしていたというのがとても驚きでした!

遺跡の入り口には小さな博物館もありフェニキア人時代の発掘品がおさめられていて一見の価値があります。

やはりローマはすごい!

ローマ人の影響は海を渡りこのチュニジアにも残されています。その建造物の規模はやはりすごい!

こちらはエルジェムの円形闘技場。ローマのコロッセオ、ヴェローナの円形闘技場に次いで3番目に大きなものです。

 

保存状態もよく見応え十分! オリーブ畑が広がる内陸の街エルジェムに突如として現れるこの円形闘技場も世界遺産です。

三分の一は破壊されてしまいましたが、その他は原型をとどめています。

こちらはドゥッガの遺跡。ローマ時代のとても大きな遺跡跡です。高台の上に作られ保存状態もよくモザイク装飾も一部残されています。

入口近くにある劇場跡。観客席の上に上ることもでき、高台からは周辺の緑豊かな景色を一望することができます。今でも夏に国際的なイベントを行っているそうです。保存状態がとてもいいですね。

こちらは遺跡の中心部にあたる神殿跡。ジュピター、ミネルヴァ、アテナイのローマの神々を祀った場所。柱の大きさに驚きます。

ドゥッガの遺跡の家や浴場の床から発掘されたローマ時代のモザイクはほとんどがチュニスにあるバルドー博物館に保管されています。「チュニジアのルーブル」ともいわれ、モザイクの保有数が素晴らしいです。

 

遺跡を見た後、最後にこの博物館を訪れると復習にもなり見応えがあります。

モザイクはフレスコ画の絵とは異なり永久的に色は変わらないので色鮮やかなモザイクを見るとその年数の古さに驚くことでしょう。

北アフリカ最初のモスク「カイラワン」

チュニジアはイスラムの国です。今までご紹介した内容だとイスラムの国という印象はないかもしれませんが、宗教はイスラム教。

 

実はカイラワンは、北アフリカで最初にイスラムの拠点が置かれた場所で、北アフリカで一番古いモスクもあり聖地になっています。

中庭には身体を清める泉があり、観光客は立ち入りができませんが絨毯が敷かれたお祈り場所があります。

この場所を7回訪れるとメッカの巡礼に値するともいわれ、北アフリカ最初のモスクということもありイスラム教の聖地となっています。

モスクの前には様々な絨毯が売られています。実はこの絨毯も北アフリカではこのカイラワンが発祥だとか。

 

イスラム教はお祈りをする際に床にひれ伏しますが、その時に必要になるのはこの絨毯。

チュニジアの先住民族でもあるベルベル人の人が織りなす独特な模様やオリーブ、ジャスミンの模様もあり玄関マットやリビング、寝室にも最適です。

お土産探しにメディナの散策

こちらはカイラワンのメディナ。いわゆる旧市街。

城壁で囲まれ細い路地が入り組んでいていて異文化を感じる場所ですね。

ハマメットという町のメディナ。細い路地の左右にはお土産屋さんも。チュニジアは物価がとても安い! 掘り出し物を見つけてみましょう。

ハマメットのメディナは魔除けとなる魚のモチーフが描かれお洒落です。

白壁とチュニジアンブルー!

ハマメットの近くにナブールという町がありここは陶器の産地。色鮮やかな陶器が所せましと売られています。

この色合いはスペインのアンダルシアの影響を受けているとか。ここでも地中海文化の影響を感じることができます。

 

地中海文化、フェニキア人、ローマ人の遺跡、イスラムの街。小さな国でありながら様々な歴史、文化、宗教がモザイクのように詰まっている国。多彩な表情を持つのがチュニジアの魅力です。

 

15年前は内陸のサハラ砂漠のほうまで足をのばすことができましたが、ツアーでは治安の問題もありまだ再開していません。今度はサハラ砂漠を訪れまたラクダに乗ってみたい!と思っています。

この記事を書いた人

小春日和

小春日和旅行コンシェルジュ 現役添乗員

これまで約200回、50か国以上を旅してきた大の旅好き。社会人になってからスペイン語も習得し、スペインはもちろん、イタリア、ポルトガル、フランス、イタリア、中南米が特に詳しいです。 東京と京都に拠点をおき、国内も時間のある時は車でドライブ。常に何か面白いものはないかとアンテナをはっています!かわいらしい小物やお菓子が大好きです。

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