国歌マニアですが、亡国の国歌からメロディが被っている国歌まで紹介させてください
エストニア

こんにちは、ライターの新田です。私はヨーロッパ、鉄道も好きですが、国歌も大好きです。メロディーだけですと30カ国以上の国歌は歌えます。今回は中欧、東欧の国歌を取り上げて、国歌の魅力を探っていきます。

ソクたびソクたび

やがて、メロディーだけが流された東ドイツ国歌

最初に紹介するのは亡国の国、ドイツ民主共和国(東ドイツ)の国歌です。まずは歌詞をチェックしましょう。

廃墟より立ち上がり 未来に向けて
祖国ドイツのために尽くさせたまえ
古き慣わしを打ち破り 共に困難を乗り越えよ
そして ドイツの空に輝かしい太陽を
(弓狩匡純『国のうた』186頁より)

メロディーとも相まって「統一を目指すぞー」という雰囲気が伝わってきますね。東ドイツ国歌の題名は「廃墟からの復活」といい、ロシア革命に感化されたヨハネス・ロベルト・ベッヒャーが作詞しました。

東ドイツが建国されて、しばらくはきちんと歌われていました。しかし、1970年代になると歌われなくなり、メロディーだけが流されるようになりました。なぜ歌われなくなったのでしょうか? 答えは東ドイツが「統一」を目指さなくなったからです。

1972年、東ドイツと西ドイツは「東西ドイツ基本条約」を結びました。この中で、お互いが主権を持つ「国家」と認め合いました。これ以降、東ドイツはドイツ東部の独自性を追求、「二民族二国家論」を唱えたのです。

東ドイツの国歌は「人工国家」東ドイツに振り回されたといってもいいでしょう。このようなことを考えながらベルリンの壁を歩くと、なにやら複雑な気分になりますね。

LOVEの付く国にふさわしい国歌

次に紹介するのはスロベニアの国歌です。よく、スロベニア人は「SLOVENIA」にかこつけて「スロベニアはラブのある国だ!」と宣伝します。実はスロベニアの国歌も「LOVE」の付く国にふさわしい歌詞となっています。

神の祝福あれ全ての国々に
輝しき日を待ち望む人々に
全世界から戦争や争いごとがなくなり
全ての人が自由で
敵が隣人になることを望む人々に


フランツェ・プレシェーレン像

一般的に国歌は自国の素晴らしさや伝統を表現するものが多いです。しかし、スロベニアの国歌は全世界の平和を祈っているのです!

この素晴らしい歌詞を作詞した人物はスロベニア人の詩人、フランツェ・プレシェーレンです。首都リュブリャーナに行くと彼の銅像が見られます。

ところで、旧ユーゴ時代のスロベニアの国歌は愛国心の強い勇ましい曲でした。

あれ、メロディーが同じ? エストニアとフィンランド

一般的に、それぞれの国歌はオリジナルの歌詞、メロディーになります。全世界が同じメロディーでしたら、混乱するだけですから。

ところが、バルト海を隔てた隣国同士、エストニアとフィンランドの国歌のメロディーは同じです。しかし、題名、歌詞は異なります(エストニアは「我が祖国、我が誇りと喜び」フィンランドは「わが祖国」)。

エストニアとフィンランドは同じフィン・ウゴル語派に属します。ザックリ書くと「親戚」みたいな関係ですね。フィンランドは基本的に国歌は変わらなかったのですが、エストニアの国歌は苦難を経験しました。

エストニアは第一次世界大戦後に独立し「我が祖国、我が誇りと喜び」が国歌になりました。ところが、1940年にソビエト連邦に占領され、ソ連を讃える別の国歌が制定されました。この時「我が祖国、我が誇りと喜び」は歌うことを禁じられたのです。

しかし、エストニア人はラジオから流れる隣国のフィンランドの国歌のメロディーを聴いていました。フィンランドとエストニアは近いので、フィンランドの電波がエストニアに届いたのです。

エストニアは1991年、ソビエト連邦から独立。再び「我が祖国、我が誇りと喜び」が国歌になったのです。このような歴史を知ると、国歌のメロディーがより一層心に響くのではないでしょうか。

国歌を「歌う」と喜ばれる 

私はホステルのスタッフにその国の国歌のメロディーを歌います。本当に喜ばれます。「国歌」は使い方を間違わなければ、人と人をつなぐツールになります。みなさんもぜひ試してみましょう。
国歌を「歌う」と喜ばれる 

この記事を書いた人

新田浩之

新田浩之鉄道&中東欧旅行研究家

1987年生まれ。神戸市在住。専門は鉄道と中東欧です。国内では鉄道系イベントの取材、国外では中欧、東欧、ロシアの歴史スポットを訪ね歩いています。チェコアンバサダー2018

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