明日からの旅行の準備が案外はやく片付きましたね。
行先はどちらですか。北海道に行くんなら、どんな時期にも上着の用意だけはしておくに越したことはないでしょうね。替えの下着と靴下に不足はありませんか? 充電器は持った? 常飲薬は? メガネケースは。それならあらかた揃ったはずですが、荷物に結構余裕がありましたね。
このぽかっと空いた長方形のスペースになにか入れたら、走っても揺らしても中身がぐちゃぐちゃになるのを避けられそう。本なんかぴったりじゃありませんか。
北海道のどちらへ行かれるんですか? 日程はどのくらい? それなら、こんな本をお供にしてみたらどうでしょう。
ふだんあまり本は読まない? そう言わず。そりゃ少し重さはあっても、旅行に本は重宝しますよ。同行者、乗り物に乗ったら秒で寝ちゃうんでしょう? そんなとき、代わりの話し相手くらいにはなってくれるはずですから。
ここには小説からエッセー、写真集までいろいろあります。気になったものや好きなものをぜひ持って行ってみてください。
1.工場夜景
工場夜景 2015/3 編者:工場ナイトクルーズ 出版社:二見書房
これは「日本全国の工業地帯の夜景の写真集」。
ライトアップされた夜の工場の姿に注目が集まり、「工場萌え」という言葉や観光ツアーなどのブームも生まれた近年。工場愛好家にも初心者にもうれしい、鑑賞ポイントの解説やマップがついているので、ガイドブックとして使うこともできる写真集です。
なかでもⅤ章で取り上げられている室蘭市の、山に囲まれている特性を生かした、工場群を見下ろすような俯瞰のアングルは絶品。無機質な工場と、北海道ならではの自然の雄大さのダイナミックな対比はいくらながめていても飽きません。
工場という「もの」をつくるものの美しさが楽しめる1冊。
2.沈むフランシス
沈むフランシス 2013/9 著者:松家仁之 出版社:新潮社
これは「「静か」という音が聞こえてきそうな恋愛小説」。
幼少のころを過ごして以来、心に残っていた北海道での生活に、東京での生活に区切りをつけ、三十代半ばにして戻ってきた女性・撫養桂子。人口が千人にも満たない村で郵便局員として働くなかで、水力発電所の管理をしている一風変わった男に出会います。
舞台になっている「安地内村」は存在しない架空の地名ですが、村を包む秋から冬の季節の描写は身体にせまる鮮やかさ。凍るような寒さのなかだけでみられる軽い雪がぶ厚く積もったときの、あの奇妙な静けさが、実際に訪れたことがなくとも体感できます。ストーリーとあわせて、澄んだ描写を心ゆくまで楽しみましょう。
3.私の草木漫筆
私の草木漫筆 2000/1 著者:坂本直行 出版社:茗渓堂
これは「読みものとしてもおいしい植物図鑑」。
著者の名前は知らなくても、やわらかくもそのもののしたたかさを感じさせる独特のタッチで描かれた植物のイラストを見たら、誰もがあっと気づくはず。坂本直行氏のイラストは、北海道を代表する製菓会社「六花亭」の包装紙に使用されていることでも有名です。
この本には95種もの植物がおさめられており、そのどれもに坂本氏の随筆が添えられています。草花の外見だけでなく、自分の牛馬たちが好んでいたか、アイヌの人々がどのように利用していたかなど、開拓に従事しながら酪農を行っていた著者ならではの視点がおもしろい、発見を運んでくれる図鑑です。
4.海炭市叙景
海炭市叙景 1991/12 著者:佐藤泰志 出版社:集英社
これは「変わりゆく街と変わらない人の日常を見つめる短篇集」。
函館山からの夜景、歴史的建造物の数々、豊かな海の幸、温泉……旅行者にとってはどこか非日常の街である定番の観光地・函館ですが、この連作短編の舞台である「海炭市」のモデルになっていることを知ると、また違った印象を持つことになるでしょう。
本作は2010年に、熊切和嘉監督によって映像化され、オムニバス形式の映画としてシネマニラ国際映画祭でグランプリを受賞したことでも脚光を浴びました。哀しみやよろこびといった、日常の人の心の機敏を見つめる冷静さを持ちながら、読後はどこか胸に温もりが残るような物語群。モデルとなった街に、その一遍一遍が交差する場所としての面影も見出せるようになるはず。
5.けもの道
けもの道 2011/04 著者:藤村忠寿 出版社:メディアファクトリー
これは「北海道発の人気深夜番組ディレクターのエッセイ」。
会社勤めのあなたに、テレビ番組を作ってみたいと志している人にも、そしてなにより旅好きなら一見するべき深夜番組「水曜どうでしょう」のファンに人生相談のラジオ番組を聞いているようなノリで、ゆるく読むことのできるエッセイ。
地方ローカル局の深夜番組であったにも関わらず、今や全国で人気を誇る有名番組「水曜どうでしょう」。一般的にディレクターは顔と名前が視聴者に知れることのない存在であるはずですが、番組を見たことがある人なら「藤やん」の名前(と顔も!)をご存じのはず。ときには出演者である大泉洋より存在感を主張する名ディレクターの視点の一端に触れられる、あの独特な語り口が聞こえてくるような一冊です。
6.羊をめぐる冒険
羊をめぐる冒険 1982/10 著者:村上春樹 出版社:講談社
これは「世界的作家の著作のなかでも、おすすめの冒険譚」。
毎年ノーベル文学賞の話題が出るころになると、必ず耳にする著者、村上春樹。代表作・話題作を上げはじめればファンのあいだでは熱い議論になるでしょうが、この1冊が無視されることはなさそうです。いわゆる「鼠三部作」と呼ばれる、初の長編作品である『風の歌を聴け』から『1973年のピンボール』とつづく主人公が同一の作品の3作目で、舞台となるのが北海道。札幌から、旭川以北にあると推測できる架空の街・十二滝町までを北上する主人公たちの冒険を追いながら、ハルキストのあなたなら小説を読み解きつつ「聖地巡礼」をしてみるのもたまらないかもしれません。
それでは、よい旅を!
もしかしたら迷っているんですか? さすがにそんなにたくさんは持って行けませんもんね。
でも、行く前に読んでも、帰ってきてから読んでもきっと楽しいですよ。泊まるところの近くの本屋で買って、自分の部屋に送っても思い出になりそうですね。お気に入りのお供が見つかったんだったらよかった。うれしいです。良い旅を祈っています。気をつけて行ってらっしゃい。