わたしが暮らすプリズレンの中心部には600年以上湧き続ける噴水があり、ここでは「この水を飲むと再びこの町に戻ってくることになる」という言い伝えがあります。
初めてそれを聞いたときわたしは「え!呪い!?」と思ったのですが、多くの人が夏でも冬でもガブガブ飲んでいるので、なるほどプリズレンに舞い戻って来ることはまんざら悪いことではないようですね。
ところでこの噴水の水の次にコソボでよく飲まれているもの。
何だと思いますか?
それは、コーヒーです。
コソボ人が愛するもの。
酒、車、煙草、女、アメリカ、肉、音楽、アルバニアの国旗…その中でも特に人々の生活と深く関わっているのが、このコーヒーなのです。
今回はそんなコソボのコーヒー文化についてご紹介します。
トルココーヒー
前回の記事でも少し触れましたが、コソボやこのバルカン半島全体は過去400年以上にわたってオスマン・トルコに占領されていた場所です。
コソボ人(アルバニア人)やボスニア・ヘルツェゴビナにイスラム教徒が多いのは、占領当時イスラム教徒になれば多くの特権が与えられるとのことから、大半の住民がイスラム教に改宗したからです。
400年も占領されていたら宗教以外にも、トルコ文化の影響を受けて当然です。
その一つの例がトルココーヒー。
粉状のコーヒーを水と一緒に沸騰させて飲む煮出しコーヒーです。
コソボだけでなく、バルカン全土で広く一般に飲まれています。
これはボスニア・ヘルツェゴビナで飲まれているボスニアンコーヒー
場所によって、ボスニアンコーヒーだとか、セルビアンコーヒーだとか、違う呼び方をしますが、要は全部トルココーヒーのことです。
この小さなポットにまずカップ分の水を入れて沸騰させます。
沸騰したら一度火から離し、人数分の粉末状のコーヒーを入れます。
人によってはここで同時に砂糖を入れる場合もあります。
再び火にかけて数回かき回し、その後は沸騰するまで放っておきます。
ぐつぐつしたら出来上がり。
それをこのようなコップに移して飲みます。けっこうドロッとしています。粉が下に沈むのを少し待って、上澄みだけを飲みます。
関西の各家庭にたこ焼き器があるように、バルカンの各家庭にこのトルココーヒーセット一式は必ずあります。
家で飲むコーヒーといったらトルココーヒーが一番多いのではないかな。
おしゃれな?イタリアンコーヒー
このように、トルココーヒーはバルカン半島のスペシャルティーであるにもかかわらず、町中のほとんどのコーヒー屋では飲めません。
その理由をコソボ人に尋ねると、「トルココーヒーは普段家で飲むもの。外でわざわざお金出してまで飲まないよ。飲むなら断然イタリアンコーヒーだね」とのこと。
その気持ち、わからなくないのですが、観光で来た外国人にとってはやはりその土地のコーヒーを飲みたいというもの。
まぁそこらへんの商売気がまだ全然ないのがこの土地の逆にいいところでもあるのですが…。
というわけで、人々が外で飲むコーヒーといえば?
イタリアンコーヒーです。
特に人気なのはエスプレッソとマキアート。
その理由は「一番安い飲みものだから」。
コソボでのエスプレッソの平均的な値段は50セント。マキアートも大が80セント、小が50セント。
それをイタリア人のようにクイっと粋に立ち飲みするのではなく、友人たちとテーブルを囲んでだらだら時間をかけて飲むのがコソボ流です。男女ともに砂糖をたっぷりと入れるのも特徴。
コソボ人にとって「コーヒーを飲みに行く」ということは、ほとんど「社交」の意味に置き換えられます。
日本のようにコーヒー屋でパソコンを使っている人や、読書している人は皆無です。人と待ち合わせをしているから一人、という人を除いて、誰もが誰かと一緒にコーヒーを飲んでいます。
コソボ人の精神として、一人でコーヒーを飲みたいなら家で飲めばいい。わざわざ外に出てお金を使うのだったら楽しくないと意味がない、というものがあります。
その背景には、普通の人の平均月収が200ユーロという、決していつも贅沢ができるわけではないという事情が影響しているんだと思うのですが、その反面、ほとんどの人は別にコーヒー代を節約しようとも思っていないというのもまた事実。
持ち合わせがなくても飲みに行っちゃう。そして一緒に飲んでる誰かが払ってあげる。
そんなコソボ人の姿を歌った歌まであります。その名も「マキアート」。
友人がマキアートを注文すれば、「マキマキマキマキマキアート」と無意識に口ずさんでしまうほど、この歌、浸透しています。
コソボ人にとって「コーヒーを飲みにいく」というのは本当に、日本や他の先進諸国の人々とは全く違う感覚なのかもしれません。
コソボ的コーヒー
日本では近年サードウエーブコーヒーと呼ばれる「手作り感」を大事にする新たなトレンドができたりもしていますが、コソボでは「機械」によるコーヒーが主流です。
淹れる人の個性や技術といったストーリー性に重きをおくことはなく、ただ純粋に「おいしいコーヒーを飲めることが保証されている」という状態を好みます。
その割にチェーンのコーヒー店はほとんどなし。
個人経営のカフェやバーが、それぞれイタリアのコーヒー豆メーカーから機械と豆を仕入れて営業しています。
よく見るのが、Illy, Lavazza, Don Café, Julius Meinl, Pavin Caffe, Caffe A’Roma, Devolli Princ Caffe。
さらにコソボの特徴として、そのイスラム社会の影響から、女子がコーヒー屋で働いているということは決してありません。
コーヒー屋やレストラン、バーなどは水商売としてとらえられていて、女性が働く場所としてはふさわしくないとの感覚があるそう。
大きな図体の男たちがせっせとコーヒーを淹れてサーブしてくれる世界というのも、女子にとってはコソボコーヒー文化の隠れた見どころの一つかもしれません。