韓国は日本より寒い?大河が凍る真冬のソウルはこんなかんじです
韓国

こんにちは。今、私はソウルで1年で1番寒い時期を満喫中です。今日のテーマはその「寒さ」です。隣国ながら厳しい冬を迎えるソウルの人たちは、いったいどんな風に過ごしているのでしょうか。

夏は暑く、冬は寒く!ソウルの冬は厳しい

2016年の夏が暑かったので、冬は寒くなるよ~と言われ続けながらも、12月は意外と寒くない?という展開でした。が、やはりそのままではいきませんでした。1月に入ってから、ぐっと気温が下がりました。
 
ここ3日4日くらいは最低気温が氷点下10度から14度くらいです。こちら、日の出が少し遅いので、大体7時半くらいになると白々と夜が明けます。なので、8時くらいでも気温は氷点下10度くらい。11時12時でやっと氷点下5度から7度くらいなります。

寒さに、流れる川の水も凍る

ソウル市民の憩いの場~チョンゲチョン(清渓川)はこのとおり

夏場には子供たちが水遊びを楽しみ、秋の夜長はカップルが腕を組んで歩く、ソウル市民の憩いの場「チョンゲチョン(清渓川)」もこのとおり。先週降った雪が解けないので、川の両端は真っ白のままです。

さすがに全面凍結にまでは至りませんがしたが、それでも、岸に近いところは白く氷が張っているのが見えるでしょうか。チョンゲチョン(清渓川)より、もっと小さな川だと、全面凍結していたり、氷が厚く張っているところもあるんですよ。

韓国一のあの大河~漢江(ハンガン)も……

ソウルのど真ん中を流れる大河~ハンガン(漢江)も凍っていました。

いつものように穏やかに流れるかと思いきや……

岸に近いほうはチョンゲチョン(清渓川)と同じように氷が張っているのがよく見えます。流れが穏やかなのではなくて表面が凍っているということだったのですね。

その昔、「静かなる朝の国」と呼ばれていたこの地は、その言葉の通りの表情を見せてくれました。

そんな極寒のソウル。ソウルっ子の冬ファッションは?

こんな真冬のさなかでも学校や会社に行かなければならないソウルっ子たち。では一体どんなファッションで出かけているのでしょう。

地下鉄を待つ人たちは、もこもこダウンが定番のよう。中には、フードを深くかぶっている人もいます。足元は、動きやすいスニーカーがよさそうですね。

もこもこダウンコート、フード付き。肌の部分はほとんど見えません。ダウンや毛皮などのあったかコートに、ヒートテックなどのあったか下着をしっかり着込んで出勤のようです。手はポケットにという方が多く見えます。「手が冷たいよ~」とならないように、小さい子供をつれたお母さんたちの「ほらっ、ポケットに手をちゃんと入れて!」という声も聞こえてきます。
 
雪が降ったらなかなか溶けないので、足元はスニーカーなどが定番のよう。ヒール付きのロングブーツで歩いていて転んでしまった方も見かけましたが、全体的にピンヒールロングブーツはあまり見かけない印象です。ただし、ソウル自体はそれほど雪が降りません。ひたすら乾燥して乾燥して……。なので雪さえ降らなければ、ヒールを履くこと自体はそれほど難しくないんですけどね。
 
そうそう、雪が降らないソウルの冬は、ただでさえ空気が乾燥しているうえに暖房でさらに乾燥。手足がすぐにカサカサして粉をふいてしまいます。なので、保湿対策は必至。ハンドクリーム、ヘアトリートメント、ボディーミルクなど乾燥対策の化粧品などが充実している背景には冬の乾燥があるようです。

50年代、60年代は……。

「寒い寒い」と大騒ぎをしている筆者ですが、ソウル生まれソウル育ちのおじさま、おばさまたちに聞くと笑われます。「昔は漢江でスケートしたものよ」。
いまでこそ、氷がはるかどうかくらいの漢江ですが、ひと昔前は、スケートができるくらい厚く氷がはっていたのだそうですよ。いったいどのくらい寒かったのでしょうね。話を聞いて、ぶるっとしながら、暖かい部屋の中でアツアツのチゲ(鍋)をふうふうする……。そんな、冬の過ごし方もいいものですよ。
50年代、60年代は……。

この記事を書いた人

エナ

エナライター / エナツアー主催

横浜出身のソウルっ子。2000年から2002年、ワーホリ滞在。その後横浜での10年間を経て2011年、再度渡韓。本業は日本語教師。ソウルの町歩きが大好きなネイリスト。ソウルの博物館、市場が主な生息地。普通の町を普通じゃなく感じさせるエナツアーなるものを企画していました。最近は日本家屋の残る町にはまり気味。

チャンネル

チャンネルをもっと見る