日本酒の酒蔵がある場所と言えば、兵庫県、京都府、新潟県、長野県にあるイメージが強いのですが、東京にも酒蔵があるんですね。「良いお酒は、酒蔵にアリ!」と言っても過言ではない、都心から近い酒蔵をご紹介します。
日本酒と言えば、「昭和っぽいとか、年配の人が飲むお酒」なんて印象があるかもしれません。若い世代から見るとスタイリッシュさが無いように思われています。独特の香りがダメ……なんて、人によっては敬遠する人も少なくありません。
アルコールの種類は、この数十年の間に多く生まれたため、選択肢が増えたと言えます。例えばワインの場合、高価なものほど必ず美味しく感じるかと、そうとも言い切れず、口に合わないモノがあると思います。全てとは言い切れませんが、安いワインでも飲みやすく美味しいモノは、あるのではないでしょうか? しかし実のところ、日本酒の美味しさは値段に比例していると思います。大抵の場合、興味本位で手ごろな値段で、「飲み放題レベル」の日本酒に手を出した結果、マズイ印象を持ってしまい嫌いになることがほとんどです。ある程度の価格の日本酒は、「香りが良く、スッキリとした後味」なので、お徳用パック酒と比べると、まったく別モノだとわかるはずです。
珍しい夜の酒蔵見学ができる豊島屋酒造
▲地下150mから汲み上げている地下水タンク
1596年に江戸の神田で、初代豊島屋十右衛門が酒屋と1杯飲み屋の商いから始めました。江戸で草分けとなった白酒で、多くの人に親しまれたようです。現在の豊島屋本店は、東京都千代田区にあり、昭和の初めに醸造元として東京都東村山市に、豊島屋酒造が設立しました。
新宿から約40分という近さで夜の酒蔵見学ができるとあって、日本酒好きだけにとどまらず、訪日観光客にも注目されている酒蔵です。
日本酒のできる仕組みを案内してもらいましょう!
突如、暗がりに現れた信楽焼きのタヌキ。目がうつろで酔っているように観えますが、決して案内役ではありません。外は北風が強いうえに酒蔵以外の敷地内は真っ暗なので、さっそく酒蔵のなかへ案内して頂くことにしましょう。案内役の社員さんは、後ほど明るい場所でご紹介します。
丸く緑の物体はナニ?
よく、酒屋さんや酒蔵の軒先で見かけることがありませんか? 最近の都心部では、見かけなくなりましたが、地方の酒蔵へ行くと飾ってあるモノです。スギの葉を集めてボール状にした、「杉玉(すぎたま)」とか「酒林(さかばやし)」と呼ばれるもので、新酒ができたことを知らせる役割をしています。
【洗米と蒸し行程】造り始めたらどんなことがあっても、最後まで作業を止めることが無い
日本酒の原料はお米です。私たちが食べるご飯のお米と違い、日本酒造りに適した品種のお米を使用しています。直径2mはあるような洗浄器で、お米を洗います。
洗ったお米は、時間をかけて蒸すための機械へ移します。気温や湿度によって、出来上がりの状態が変わるそうです。日本酒造りにはそれぞれの行程に、ひとりの「杜氏(とうじ)」と呼ばれる職人さんが担当しています。
品質を一定にするために、コンピューター管理していると思いきや……杜氏の「経験と勘」で、お米が蒸し器の中を通るスピードを変えて調整しているそうです。「お米は生き物」だから、その日の気温や湿度によって、お米の様子を見ながら「無段階レバー(オートマ車のシフトレバーのようなもの)」で、スピード調整をする必要があるとのことです。
【麹つけ行程】酒蔵で唯一、立ち入り禁止の部屋で何が行われているのか?
蒸されたお米が運ばれる「麹室のドア」です。木製の2重扉の向こう側で、お米に「麹菌」を定着させる行程です。
先ほど、「お米は生き物」と聞きましたが、杜氏は美味しい日本酒を造るために、「細菌」の世話係のようなものだと教えてもらいました。「日本酒は杜氏が造っているのではなく、細菌の働きによって出来上がるだけ」とも、話していたことが印象に残ります。そのため、担当の杜氏以外は立ち入り禁止になっていて、「麹菌」から手を離すことができないそうです。
1年のうちの夏は、不要な細菌が多いうえ、細菌が増えるスピードも早いため、日本酒造りに適さないそうです。杜氏は、夏の2ケ月間休み、日本酒造りのピーク期間(冬の間)は無休でお世話しているとも聞かせてくれました……重労働ですね。
麹菌の着いたお米の温度を下げるために、扇風機を使っています。麹米の温度を下げ過ぎないための工夫を垣間見ることができます。
【酵母室】通常の酒蔵では絶対に入ることが許されない部屋
酵母室の出入り口では、靴裏の着いた雑菌の侵入を防ぐための「消毒場」があります。「細菌」をコントロールしている酒蔵では、通常入ることが許されない酵母室を見ることができます。細菌をコントロールしているだけでは無く、酒蔵にとって「キモ」になる行程とも言えるのでしょう。
【発酵-もろみ行程】窒息注意!身の危険を感じる部屋
次へ向かう通路を歩きながら、厳重注意を受けた発酵室です。いきなりドアを開けて入ってしまうと、窒息して倒れてしまうキケンなエリアです。1分ほどドアを開けたままにしてから、入室が許されました。これまで見学してきたなかで、タンクの大きさが大きくなっていることが分かりますか?
アルコールと炭酸ガスを生成する行程の発酵室は、酒蔵の中で唯一空調管理されている場所です。炭酸ガスの影響もあり、室内は凛とした空気が漂っています。
炭酸ガスは匂いが無いのですが、タンクの中を覗かせてもらうとプチプチと発酵している音が聴こえますよ。
発酵した「もろみ」となり、新たなモノを造り出す
身長の2倍以上の高さのあるタンクの隙間を進むと、1本のハシゴが立てかけてあります。ハシゴを昇ると、タンク群を上から見下ろすことのできる壮観な場所があります。
発酵した「もろみ」は、更に大きなタンク群に移されます。杜氏の熱気あふれる空間は昼間と違い、細菌の呼吸だけが聴き取れるかのように静まり返っています。そんな酒蔵を観ていると、神秘的にさえ感じます。ゆっくりだけど、確実に新しいモノに変わろうとしています。
タンクの下に繋がっているホースの先に、「酒袋(さかぶくろ)」がぶら下がった絞り機があります。
アコーディオンのように、並んでぶら下がっている酒袋に圧力を加えて絞り出した液体が日本酒になります。袋にへばりつくように残った固形物が「酒かす」です。百薬の長と言われる「酒かす」はココでできるんですね。酒かすを飲めば、カラダの内側から健康をもたらしてくれて、美容効果が期待される「日本のスーパーフード」とも言われています。
タイミング良く、「絞り」をしている時間だったので、いつも飲めるとは限らない、搾りたての原酒を試飲させて頂きました。試飲する前に、「どんだけ濃厚な味わいなんだろう?」と想像していましたが、期待は裏切られました。ほのかな香りがあり、とてもスッキリしたのど越しだったため、水を飲んだ感覚です。「アルコール水」と言っても良いぐらいに独特のクセが無く、日本酒を飲んだ感じがしませんでした。
建物のなかに蔵?
言われなければわからないほど、新しく建てられた建物に同化しています。タンク群の建物のなかにある蔵です。
2階の床は手が届きそうなぐらい低く、ひと目で昔の構造物だとわかります。元々は、この地には川島酒造があり、買い取った建物だそうです。タンクのすぐ上には穴が開いていて、見学してきた行程を、この蔵の中だけで2階から順番に作業できるような構造になっています。
階段の木材に刻印されている文字は、川島酒造の銘柄で「庭乃松」というものだと教えてくれました。
誰も見学しない場所を観たくなる悪いクセ
「2階は、お酒の神様をお祀りしているだけで、倉庫になっているので、何も見せるものが無いですよ」と言われましたが、ついつい覗いて見たくなる悪いクセ。ギシギシと音をたてながら、つま先上がりの急な階段を昇らせて頂きます。
何も見せるものが無いと言われましたが了解を得て、お酒の神様にご挨拶させて頂きました。
今では使われなくなった竹製の洗米カゴや、杜氏が工夫を重ねた自作の道具などが眠っていて、マニアックな目線で見ると、「お宝がいっぱい」あるのが、とてももったいないように感じました。
見学コースの最後に案内されたのは、建物の中にある昔の井戸跡です。深さは15mで、現在汲み上げている地下水に比べて、10分の1の深さしかありません。今でも「水琴窟」のような水音が聴こえてきます。
試飲が楽しい夜の酒蔵見学のシメ
決して大規模な酒蔵ではないので、観光地化されたような酒蔵見学ではありません。
素朴で親しみを感じる酒蔵の豊島屋酒造には、多くブランドが揃っています。全てのブランドを、写真に収めることができないほど、種類があるのはなぜでしょう。謎解きをしながらの試飲が楽しみです。
遅くなりましたが、夜の酒蔵見学を案内してくださった営業の高橋さんです。それぞれの行程で働く杜氏さんたちの思いを、たくさん教えていただきました。特に、「人と人とのコミュニケーションのツールとして、日本酒の魅力を伝えたい!」と、熱く語って頂きました。
8種類のお酒を試飲しながら、それぞれの特徴を聴きながら雑談できるところが、酒蔵見学の魅力でもあります。
最近、おヒゲがチャーミングな高橋さんには、悩みがあるなんてこともオフレコで聞けちゃいました。3つ違いの高橋さんの悩みには、共感できる部分があります。時には男性でも、ショックを受けるできごとはあるものです。電車の乗り立っていると、外見で判断されて席を譲ってくれるんです。「特に20代の女性は、優しいんですよ!」と、意気投合しちゃいました。
たくさんあるブランドのなかで、好みの日本酒を探しやすい「屋守」ブランドをオススメします。酒蔵にいたヤモリを観て「酒蔵を守る」「家を守る」という、縁起の良い名前を付けたそうです。普通に読むと「ヤモリ」なのですが、「屋守(おくのかみ)」と読みます。メロンのような心地よく香り、華やかな感覚が残る屋守のバリエーションのなかに、きっとお好みのモノが見つかると思います。女性でも気持ちよく飲めそうな、優しく淡い飲みくちで、舌の奥がキュッとする感覚がクセになりそうですね。
大吟醸のように、飲みやすくフルーティな日本酒は、密かな人気を集めています。外国人の日本酒ファンも多く、”JAPANESE SAKE”とか、“RICE SAKE”と呼ばれるようになっています。仕事帰りにでも間に合う、夜の酒蔵見学で、フルーティな日本酒を味わってみませんか?特に、富の象徴「ヤモリ」という縁起の良い名前には、1年始まりに金運アップを期待してしまいます。
※豊島屋酒造の蔵見学は予約が必要です。(ほとんどの場合、1組2名様の単位で参加費:おひとり様1,000円で参加者を募っています。人数などの相談にものってもらえます。)
公式HPはこちら