青森県十和田市のブナの原生林に抱かれた一軒宿「蔦温泉」。新緑や紅葉の美しさで知られるこの秘境には、世界的にも珍しい“生まれたての温泉が湯船の底からそのまま湧き出す”、という神秘の湯が存在します。別名“足元湧出温泉”とも呼ばれ、湯口から空気に触れることなく地球の恵みをダイレクトに肌で感じる体験は、まさに温泉の究極形。大正時代に建てられ、リニューアルしながら和モダンな雰囲気も加味された本館建築の美しさも、旅情をさらに深めてくれます。
全国の温泉を30年以上めぐり続ける筆者にとっても、かつて人生最大級の衝撃と感動をくれた思い出の名湯。今回は10数年ぶりに現地を訪れましたが、唯一無二の圧倒的存在感は健在。今回は貸切風呂を中心に、日帰りで堪能できる3つの極上湯(貸切風呂・泉響の湯・久安の湯)の魅力を、専門家目線で徹底レポートします!
蔦温泉とは? カンタン解説!
蔦温泉(青森県十和田市)は有名な景勝地である奥入瀬渓流の近く、十和田・八幡平国立公園の中部に位置する森の自然豊かな地。周囲はブナの原生林に囲まれ、新緑や紅葉の美しさに定評。温泉は約千年前から存在するといわれ、古くから多くの常連客や温泉ファンに愛され続けた存在です。

蔦温泉の外観(経営が変わる前)。2012年10月筆者撮影
しかし、東日本大震災の風評被害や建物の老朽化もあって経営が厳しい状況に。2013年には株式会社城ヶ倉観光が経営を支援して建物を改修。以前からの鄙びた風情を極力残しながらも、和モダンな雰囲気も加わりました。

蔦温泉の外観。2026年5月撮影。新緑に包まれ、外観は往時の雰囲気が現存
それでは、蔦温泉へ早速入ってみます!

明治時代築の本館玄関付近。訪問時は桜が満開でした。
玄関をくぐってみると、改修工事で劇的に蘇りました!
往時の重厚な趣を色濃く残しつつ、随所に洗練された和モダンの快適性が加味された空間設計。歴史をただ残すだけでなく、現代の旅人が心地よく過ごせるように調和させたリニューアルの妙は、一歩足を踏み入れた瞬間に旅情がかき立てられます。

本館エントランス。階段の右横が帳場。日帰り入浴の受付場所です。

ロビー(宿泊者専用)。木の温もりを大切にしながらも瀟洒な雰囲気を演出
筆者にとって蔦温泉は、実に14年ぶりの訪問。過去に宿泊経験もありますが、今回は日帰りで利用しました。
すべて足元湧出! 3つの極上湯を徹底解説
蔦温泉には日帰りで入浴可能な3つの浴室※があります。男女別浴室である「泉響の湯」・男女交代制浴室である「久安の湯」・そして「貸切風呂」です。
※別に客室に付帯する温泉もあります。
特筆すべきは、これら3つの浴室が足元湧出温泉である点。足元湧出温泉とは、温泉が地下から自然の力で湧出し、その湧出した場所で入浴できる温泉のこと。湯口から空気に触れることなく地球の恵みをダイレクトに肌で感じるため、温泉通から“究極の温泉”とも言われています。なお、蔦温泉では“源泉湧き流し”と呼び、通常の源泉かけ流しと区別。食に例えると、さばきたての刺身の様なもので、この上ない鮮度抜群の温泉を楽しめます。
それでは、「貸切風呂」・「泉響の湯」・「久安の湯」をご紹介します。
・貸切風呂
蔦温泉で唯一の貸切温泉です。事前予約は宿泊客を含めで不可。あくまで現地予約のみです。料金は宿泊客・日帰り客問わず、50分4,000円。日帰り客は大浴場の入浴料1,000円も加算されるので、合計5,000円(いずれも税込)です。現地へ行ってみないと入浴できるかどうか分からないので、空いてればラッキー。筆者訪問時は空室だったので、迷うことなく貸切風呂を利用しました。
受付で貸切温泉代と日帰り入浴料を支払い、貸切風呂へ向かいます。

貸切風呂の脱衣室
脱衣室は、木の温もりたっぷりの造り。脱衣棚・椅子・洗面化粧台・温水洗浄便座付のトイレが設置されています。

アメニティ類
アメニティは、ドライヤー・ハンドソープ・化粧水・乳液・綿棒が備え付けられており、特段不便は無いでしょう。
それでは、浴室へ入ってみます。

貸切風呂
浴室は、大きめの湯船が一つあるだけ。露天風呂はありません。シンプルイズベストと言いたくなるような無駄をそぎ落とした空間です。

湯船の底のスノコの間からコンコンと源泉が湧出
泉質名は「ナトリウム・カルシウム―硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉」。源泉温度は46.5度とやや高温なので、若干湧水を投入して温度調整しています。無色透明無味無臭の極めて清澄なお湯で、源泉直の新鮮な温泉ならではのピリッした刺激を最初は感じます。しかし、温泉成分が次第に肌に馴染み、心身が緊張から解き放たれるかのような不思議な境地へと導かれていきます。

温泉に没入し、心が無になれる。そんな浴室です。
余談になりますが、近年はサウナブームで、「サウナ瞑想」なるものが静かに注目されています。そもそも瞑想は、心を静めて無心になって自分の内面と向き合う行為のこと。サウナでは、薄暗い照明や静寂な環境の中でデジタル情報を遮断し、自身の内面と向き合うことを指します。
蔦温泉においては、足元湧出の湯船以外何もないシンプルな空間で、ひたすら温泉に没入。お湯に浸かりつつ無心になって、ひたすら自分と向き合う…。蔦温泉では、そんな入浴体験が可能であり、唯一無二の存在と言っても決して過言ではないでしょう。

シャワースペース
そう言ってしまうと、蔦温泉は温泉以外何もない原始的な施設のように思われるかもしれません。しかし、蔦温泉はホスピタリティの面でも定評ある施設。入浴に必要なアメニティもしっかり備え付けられています。シャワー完備で、2種類のボディソープ・シャンプー・コンディショナーと洗顔フォーム・シェーブクレンジング・メイク落とし、が用意されていました。
泉響の湯
「泉響の湯」は、男女別の大浴場。大浴場の日帰り入浴料金は大人一人1,000円(税込)です。かつては男女の仕切りが無く混浴で利用されていたそうですが、現在は仕切りが設けられています。
※以下ご紹介する「泉響の湯」と「久安の湯」は、訪問時日帰り入浴客で大変賑わっていたので、施設提供画像を使用しております。

泉響の湯。画像提供:蔦温泉
足元湧出温泉。泉質名は貸切風呂と同じく「ナトリウム・カルシウム―硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉」。お湯は無色透明無味無臭の清澄なお湯です。湯口からドバドバと注がれる温泉とは違い、自らの足元からポコポコと自然に湧き上がってくる心地良さは、貸切風呂と全く同様。空気に触れていない“生まれたての生源泉”に文字通りダイレクトに包まれる感覚は、身も心も清められるような感覚です。
また、無窓の浴室である点が特徴で、浴槽から梁までの高さが最頂部で12メートル。瞑想にするにふさわしい崇高な雰囲気が一段と強く感じられます。また蔦の湧水を使用した水風呂が設けられ、温泉と水風呂の交互浴が楽しめます。
久安の湯
「久安の湯」は、男女交代制の浴室です。女性は10~12時及び21時30分~9時、男性は13時~21時までの入浴時間。日帰り入浴は10時~15時までなので、日帰り利用の場合は午前中が女性、午後が男性と覚えておくと良いでしょう。日帰り入浴料金は泉響の湯の1,000円に含まれています。

久安の湯。画像提供:蔦温泉
温泉は、貸切風呂・泉響の湯と同様に足元湧出温泉。泉質名も同様で「ナトリウム・カルシウム―硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉」。こちらもほぼ無色透明無味無臭の清澄なお湯です。泉響の湯に比べると共同浴場的なこぢんまりとした浴室の雰囲気で、温泉ファンに大変人気の高い浴室です。

溢れた湯が流れる床に身を横たえる「トド寝」は至福のひととき。画像提供:蔦温泉
久安の湯では、浴槽から溢れ出たお湯が洗い場の床を常時流れています。他に入浴客がいない場合は“トド寝”※と言って、お湯が溢れ出る洗い場に横たわるのも至福のひととき。また蔦の湧水を用いた水風呂もあるので、こちらでも温冷交代浴を楽しめます。
※トド寝は他に入浴客がいる場合は控えましょう。

日帰り客も利用可能なリラクゼーションスペース
湯上り後は、日帰り客も利用可能なリラクゼーションスペースが設置されています。リクライニングチェアに座りながら蔦温泉周辺の森を臨むことができ、ぜひ利用してみましょう!
蔦の森で、この地ならではの大自然を堪能しよう!
南八甲田の麓に位置する蔦温泉の一帯は、「蔦七沼」と呼ばれる七つの沼(蔦沼・鏡沼・月沼・長沼・菅沼・瓢箪沼・赤沼)が点在。遊歩道が設置され、一周約一時間強。ブナの森や沼の美しさを写真に収めようと、春から秋にかけてカメラマンや観光客が訪れる観光名所です。
とりわけ、蔦温泉から徒歩で10分ほどの場所にある蔦沼の紅葉は有名な絶景スポット。紅葉だけでなく、早朝の時間帯・天気・無風、といった状態がすべて揃ってこそ見ることが可能な奇跡の絶景。期間中は多くのカメラマンで賑わいます。

蔦沼の紅葉。2006年10月筆者撮影
天候等の条件次第ですが、もし可能であれば、蔦七沼の散策は(時間が無い場合は蔦沼だけでも)ぜひおすすめしたいです。
※なお、近年は東北全域で野生動物の活動が活発化しているため、散策の際は現地の最新情報や注意書きに従って安全にお楽しみください。
この手付かずのブナの森を実際に体験した後に蔦温泉に入浴すると、“この森と沼があるからこそ蔦温泉は存在する”ということを強く実感。温泉に浸かっていると蔦七沼の森が脳内をよぎり、まるでブナ林に囲まれた露天風呂に浸かっているかのような気分へと導かれます。
私事で大変恐縮ですが、筆者は20年前に蔦温泉を経験したことによって、引き返すのが不可能になるほどの温泉へのディープな世界へと引き込まれました。蔦の森&温泉は、これから温泉をめぐろうとして方へ、ぜひ体験して頂きたい組み合わせです。
宿概要
●蔦温泉
所在地:青森県十和田市奥瀬字蔦野湯1
電話番号:0176-74-2311
日帰り入浴時間:10時~15時(最終受付14時30分)
※貸切風呂は10時~14時(最終受付13時)。一組50分まで
アクセス:
【バス】JR青森駅から路線バスで約2時間10分
※宿泊の場合、JR七戸十和田駅から送迎有り
【車】青森市中心部・八戸市中心部から車で約1時間30分
※本記事の情報は、2026年6月現在の情報です。




