博物館の名前でネットの海を放浪して、この記事へたどり着いた「レトロスペース・坂会館」のアツいファンには申し訳ない。あれが紹介されていない! あるいはこれが写っていない! と思われることも多々あるだろう。まずははじめに謝っておこう。
ただ、一度訪れればきっと、誰もがあの博物館の魅力について語りたくなってしまう。あの空間には心をわしづかみにされる何かが充満しているのだ。
このたびは、今はじめて「レトロスペース」を知った、未来のレトロスペースファン・そしてその存在を知っていながらまだ訪れることができていない潜在的なレトロスペースファンへ向けて、新しくファンとなった立場から紹介をさせていただく。
「レトロスペース・坂会館」とは?
「レトロスペース・坂会館」は、札幌市西区二十四軒にある私設博物館だ。
坂栄養食品株式会社という製菓会社の工場に併設されている。
坂栄養食品といえば、ビスケット「しおA字フライ」「ラインサンド」で有名。
どちらも北海道民なら幼いころからお世話になる、素朴ながらも誰もに愛されているお菓子だ。
レトロスペース・坂会館へは地下鉄二四条の駅から徒歩10分で向かうことができる。
▲カラフルな看板。
製菓工場に併設されているので、商品に関する展示がされているのかと思いきや、このレトロスペース・坂会館の展示物にビスケットの関連物は特にない。
ここに展示されているのは、テレビ、冷蔵庫、ストーブといった家具から、洗剤、歯ブラシ、筆箱、下着、人形、ペナントまでのありとあらゆる日用品。どれも数(十)年前まで、たしかに身の回りを取り囲んでいたありとあらゆるものたちを、分け隔てなく蒐集しているのだ。
レトロスペース・コレクション
一歩館内に足を踏み入れれば、所蔵品がこの密度で来館者へ迫ってくる。
▲並ぶこけし。人形が多い。
▲まだ中身が入っている。
▲石炭式のストーブと、名前だけ知っていたルンペンストーブ。
このものの量と密度にまずは圧倒されるだろう。
誰といっても数歩歩くごとにどこかで見覚えのあるものに行き当たり、記憶が刺激されるはずだ。
また驚くべきは、これらの古いものたちが、どれも古びずにそこにある点だろうか。
テレビや扇風機などの家電もちらほらあるが、展示品はすべて動き、現在も使用できるものであるとのこと。
▲デザインがかわいらしい扇風機。しっかり風量もあった。
▲テレビ。地デジ対応。映して見せてもらった。
そして不思議と心が落ち着く。何が原因なのだろう。祖父や祖母の家に遊びに行ったときのような、古いものが醸し出すなんともいえないいいにおいがするからだろうか。
「レトロスペース」のはじまり
館長である坂一敬氏によって、20年以上にわたって運営されているこのレトロスペース。
はじめようと思ったのはある日のふとしたことがきっかけだ。
(お若かったにちがいないのだが、)ある日電車で優先席を譲られた坂館長は、席を譲られる立場になったことを自覚するようになった。すると、道端に棄てられているマネキン人形を、憐れに思うようになったのだという。
どこか自分に重なったそのマネキンたちを拾ってきて展示をはじめたことがこの博物館のはじまりだった。
ここにあるものたちが集まってきた経緯はさまざま。坂館長のコレクションだけではなく、たとえば多く目につく注射器や薬瓶などの医療品は、多くがドラッグストアーへ変わってしまった個人経営の薬局などからあずかったもの。私物が寄贈される機会もあり、コレクションが増えていった。
ものが語る物語
レトロスペースは大人から子どもまで、訪れれば楽しめること請け合いの博物館なのだが(むしろ若い人にこそ解説ができる年の離れた人と足を運んでほしい、両者ともに話がはずむことはまちがいない)、なかにはきわどい展示コーナーもいくつかある。
特にこの緊縛された衝撃的なリカちゃん人形から、レトロスペースを知ったという人も少なくないのではないだろうか。
こちらは女性用下着のコーナー。あまりにも自然に壁にパンティーが展示されているので、はじめはレースの飾りだと思った。
ただ、これらのコレクションも下心で蒐集・展示されているわけではなく、物語がひそんでいる。たとえば下着のコーナーの隅には肌着も展示してある。
ここには女性が身に着けるものの移り変わりが表現されているのだとか。
きらびやかに展示されているランジェリーとは対照的に、一角にひっそりと吊るされている肌着を観ると、たしかにひとりの女性が老いていく姿に見えるような。
ちなみに、紐で縛ってあるリカちゃん人形にも坂館長の考えが表現されている。バービー人形も何体かいるが、裸で縛られているのがリカちゃんのみであることや、写真からも確認できる踏絵のレプリカや十字架がヒント。気になる方は館長がご在館のときにお話をうかがってみてほしい。衝撃的な画ではあるが、緊縛はその道のプロに依頼したいわば作品なので、紐の編み目が非常に美しく、鑑賞するだけでももちろん楽しい。
きっとあなたもファンになる
「レトロスペース」はそれ自体が坂館長の作品ともいえる、美術館としても楽しめるような博物館だ。ほか、2階で落語の寄席やレコードの鑑賞会を開催するなど、イベントスペースとしても機能している。現在諸事情により存続の危機にあり、署名も集めているが、その署名文には「何者(何物)も拒むことないレトロスペース」とある。
ここはまさしくその言葉がしっくりとあてはまる、なつかしさやあたたかさに満ちた空間でもある。北海道だけでなく、日本各地にファンが存在する理由は、館長のお人柄と、運営されている親切なスタッフの方々にもあるのだろう。できることならどうか今後もこのまま運営をつづけてほしいと、新たな一ファンとして願わずにいられない。