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    【東海汽船×Crew World×tripro】御蔵島Part4 御蔵島の歴史は、語り継がれる
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    東海汽船×Crew World×triproのスペシャルコラボレーション企画!
    話題のCAソーシャルネットワーク、Crew Worldから、現役キャビンアテンダントが、国内ならここ!とおすすめする伊豆七島 “御蔵島 ”への旅!

    Crew Worldから御蔵島の案内役に“ちぎー”、Crew World代表“クララ”、そしてtriproから私“よっしー”の3人で行って参りました!

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    Part4は、御蔵島の歴史についてです。

    御蔵島では、縄文時代に人が暮らしていた遺跡が見つかっている。
    『ゾウ遺跡』と呼ばれる、“ゾウ”という名の土地に見つかった住居跡。
    その人々は、どこからやって来たのかは議論になり、調査の結果、どうやら北方からの渡来説が有力とのことです。

    以降、さまざまな伝説が残されていて、資料館でそれらをじっくり読みふけるのも、面白いです。

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    江島事件から、現代へ

    江戸時代からは、書物によって歴史が語られている。
    御蔵島は、その時代の流刑先となった島のひとつですが、
    幕府の方針にそぐわない思想家達もまた、遠方の島に流されたと言われています。

    それは、若くしてその地位についた7代目徳川将軍の時代。
    権力争いも激化し、大奥では人も溢れ、起こった江島事件。
    幼い将軍家継の生母、月光院に使え、地位の高くなっていった江島と、人気歌舞伎役者であった生島新五郎との密会が取り沙汰され、一大スキャンダルとなった有名なお話。
    権力の奪い合いと、大奥の統制を正す為、1400名以上が処罰を受けた。
    江島は、今の長野県伊那市高遠へ、生島は三宅島へ。
    その一連の出来事に関与したとされる、大奥御殿医の奥山交竹院が御蔵島へ流されている。


    当時、御蔵島には沢山の大きなツゲの木がありました。それが三宅島の有力者の目にとまり、それを通して三宅島に統治されていました。
    御蔵島には、わずかのお金しか入ってこず、生活は大変厳しいものであったそうです。

    そこに現れた奥山交竹院。
    御蔵島に不利であったその状勢を知り、島の神主であった加藤蔵人と伴に、奥山高竹院の友人であった幕府奥医の桂川甫筑に協力をあおぎ、直接幕府に訴えた。
    そして御蔵島の独立となる。
    この3人は、島独立の父として、三宝神社に祭られています。

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    そして、4、5年前のこと。
    御蔵島に明治大学の学生が旅行に来て、神社を拝みたいということだった。
    島の歴史を知るとボロボロと泣き出し、そんなことがあったのかと感激した。
    実はこの方、桂川家のご子孫で、お家には、代々御蔵島からの贈り物が届けられていたのだそう。
    お婆様の代まで、それは続いていたが、詳しいことは知らず、島に来れば何か分かるのではと思ったのだとか。

    黒船との出逢い

    鎖国であった江戸時代末期、御蔵島に黒船が座礁したことがある。
    アメリカの商船バイキング号は、乗組員23名と、サンフランシスコへ連れて行く460名の中国人を乗せていた。
    当時、ゴールドラッシュ、または戦争の為、多くの人材が船で運ばれていました。

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    黒船を目の前にして、戦うのかどうするべきか、島民が話し合った末、「いや、海に生きる我々が、海にいる者を助けず何とする。」と栗本一郎左衛門を中心に団結した。
    相手による短銃の発砲もあったが、彼らは命がけで交渉に向かい、言葉も分からない中、相手の言っていることに耳を傾けた。その、メモをとった英単語帳が資料館に残されている。

    救われた460名の中国人は、そのあと軍艦ワイオミング号に乗せられ下田へ。
    そのワイオミング号は、そのあと下関戦争にて日本人と戦っています。
    一方、バイキング号の乗組員23名が、アメリカ・マサチューセッツ州ベッドフォード市に帰ったあと、何も語られることはありませんでしたが、
    昭和30年過ぎ、日本からの問い合わせにより、ベッドフォード市に当時のことが伝えられると、御蔵島の島民への感謝を記した記念碑が、双方の地に建てられました。
    島の稲根神社には、ベッドフォード市からの記念碑として、バイキング号の銅板が設置されています。

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    昔あった出来事や、その時人々がどのように考え行動したか。
    それらが、今の自分たちの命に、島の姿へとなっていくこと。
    1つの映画を見るよりも、もっとリアルに心響くお話でした。
    是非、御蔵島資料館でお話を伺ってみてください。



    Part5は、御蔵島の巨木に会いに森へ向かったお話です!

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    よっしー

    よっしー

    千葉県出身、1980年生まれ。モデルや海外での経験をへて、翻訳などをしています。特技は民謡、タイ/ハワイアンマッサージ。趣味は三線を弾くこと。自然が大好きで、犬とじゃれ合っていると幸せに感じます。言葉よりも先に、体で表現してしまうので、ジェスチャーで会話をしているようです。

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