【会津若松・飯盛山】白虎隊に想いをめぐらせながら歴史探訪
日本

会津といえば白虎隊の歴史で知られる町です。
白虎隊は戊辰戦争の時に組織されていた16歳-17歳の武家の男子で構成された部隊のことをいいます。
会津藩の敗北を悟った少年たちは飯盛山で自刃しました。今回は白虎隊の歴史を辿る会津の旅をご紹介します。

飯盛山

スロープ
飯盛山は会津若松の中心地から少し東側にある山で、江戸時代後期、戊辰戦争の際に白虎隊の隊士たちが自刃をした山です。
山を登ると白虎隊19士のお墓があり参拝することができます。ここには他の場所で亡くなった白虎隊のお墓も建てられています。
山へ登るには急な階段を登らなければならずお年寄りや体力に自信の無い方にはとても辛い階段です。
しかし、そんな皆様のために有料のスロープコンベアもありますので有効に利用してください。
また、階段を登らなくて済む、迂回ルートもあります。

自刃の地

白虎隊
お墓から右手へ進み階段を下りると白虎隊自刃の地があります。
その場所から鶴ヶ城を望むことができます。白虎隊はここから燃え盛る会津の町を見て負けを悟り、自刃をしたのです。
その理由はお城が陥落したと勘違いをしたからではなく、会津を守れなかった責任を取って自刃をしたそうです。
一番先に名乗りをあげたのが石田和助さんという少年で、怪我をしていた彼は「傷が痛むのでお先に」といって刀を手にしたそうです。
この白虎隊の歴史は、飯盛山の上にあるお土産屋さんに絵とともに安置されています。

さざえ堂

飯盛山の白虎隊参拝ルートを進むと山の中腹にさざえ堂という不思議な螺旋構造のお堂に出会います。
国の重要文化財にも指定されているさざえ堂は巻貝のような二重螺旋構造になっており、その外観はフランス・ロワール地方にあるシャンボール城内の二重螺旋階段を彷彿とさせます。
一説ではシャンボール城の螺旋階段を設計したと言われるレオナルド・ダヴィンチの設計図が巡り巡って江戸時代後期の日本に伝わったのではないかという説もあるようですが、定かではありません。

白虎隊が身を潜めた洞穴

洞穴
さざえ堂をさらに下ると川が流れる洞穴が見えてきます。
勢い良く流れる水の奥に見える洞穴の中に白虎隊は身を潜めて追っ手から身を隠したといわれています。
戸ノ口堰洞穴という地下水路で広くはありません。こんな狭い用水路の中で隊士たちは何を想い身を潜めていたのだろうと思いを巡らせます。

まだ十代の若者で構成された白虎隊の中には15歳でありながらも生年月日を偽って入隊した人や、女性もいたそうです。
現代日本においては高校に入学してまだ将来の夢を模索している年齢ではないでしょうか。
白虎隊の隊士たちは命を掛けて会津を守ろうとしていた、忘れてはいけない日本の歴史を一度訪れてみてください。

▽飯盛山の場所はこちら

こちらもあわせてどうぞ→【会津若松・鶴ヶ城】歴史を見守る難攻不落の城 | tripro VOICE

この記事を書いた人

Jenica

Jenica

 旅行好き、温泉好きOLです。  海外へ行ったら必ずその土地の思い出となるものを買って帰り、その土地での出会いを大切にしています。これからも色んな世界を見てみたいと思っています。  これまでに見てきた素敵な景色をご紹介していきたいです。 

チャンネル

チャンネルをもっと見る